自治体職員の読書ノート

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【891冊目】薄田泣菫『茶話』

茶話 (岩波文庫)

茶話 (岩波文庫)

著者の薄田泣菫は、主に明治期に活躍した詩人として有名だが、一方で新聞社に勤めるジャーナリストであり、実は日本で最初の「コラムニスト」のひとりでもあった。本書は、大正5年にスタートし、たちまち大人気となった連載コラム「茶話」から著者自身がセレクションした154篇を収めたもの。

一篇一篇は、どれも文庫本で2ページ程度の短い文章だが、読んでいると独特の味わいがある。書かれていることは、なんということもない、まさに茶席や酒席の雑談程度のものばかり。巧いのは、語り口だ。後から考えてみるとたいしたことのない話題でも、雑談の名手にかかると抱腹絶倒の物語に化けるということはよくあるが、本書もまさにそのクチである。短い文章の中で状況を的確に説明し、リズミカルに話を運び、ラストでなんともいえない余韻が残る。特にラストの形は、明らかに「オチ」になっているものから、あっけなくさらりと終わっているものまでいろいろだが、それがかえっていかにも「そういう席の話」のようで好もしい。

そして、文章が実に平易で読みやすい。100年前の文章とは思えないほど、構文はシンプルで、語彙は難しすぎず、しかも無理にやさしくしているという感じがまったくない。これほどの文章の名手であれば、もっといろんなコトバを使いまわせると思うのだが、あえてそうしないのは読み手のリーダビリティを考えてのことか。だからといって「お子様向け」の文章というわけでは、決してない。むしろこのコラムの「香り」を嗅ぎ、味を感じるには、それなりの大人の感性と人生の蓄積が必要だろう。

料理でいえばこの文章は、高級なフランス料理や懐石料理でもなく、かといってジャンクフードではさらさらない、強いて言うなら、やはりそれなりの席で出される茶菓子の、シンプルな味わい深さ。そう、この「コラム」は、(こういう言い方はあまりしたくないのだが)最近の新聞のコラムではめっきり見られない、文章の「味わい」というものを感じさせてくれるのだ。願わくば自分が老人になった時には、陽のあたる縁側で茶でもすすりながら、こういう本をお茶漬けのようにさらさらと味わいたいものだ。