自治体職員の読書ノート

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【799〜801冊目】福田歓一『近代民主主義とその展望』・森政稔『変貌する民主主義』・佐々木毅『民主主義という不思議な仕組み』

近代民主主義とその展望 (岩波新書 黄版1)

近代民主主義とその展望 (岩波新書 黄版1)

変貌する民主主義 (ちくま新書)

変貌する民主主義 (ちくま新書)

民主主義という不思議な仕組み (ちくまプリマー新書)

民主主義という不思議な仕組み (ちくまプリマー新書)

例えば、民主党は「わが党は国民に選ばれた」と言う。しかし、実際には彼らを選んだのは「有権者のうち、民主党議員に投票した人」である。その場合、「有権者のうち、他の党に投票した人」「そもそも投票に行かなかった人」は「国民」に入るのか。また、子どもや外国人はどうか。「民主党に投票した有権者」が例えば全国民の4割(これでも多いが)とすれば、国民の半分以上は民主党に票を投じていないことになる。

ここには当然、一種の擬制がはたらいている。多数決という擬制である。擬制はもう一つある。民主党に投票した人が、個々の政策に賛意を表したものとみなす擬制である。子ども手当に賛成した人も、暫定税率の廃止にはNOと考えているかもしれない。高速道路の無料化には賛成しても、農家への戸別所得補償制度には首を傾げる人もいるだろう。いやいや、民主党の掲げるマニフェストなどまったく知らず「あの候補者にはお世話になったから」「自民党が嫌いだから」「候補者の顔がハンサムだから」といった理由で投票した人も(かなりたくさん)いただろう。しかしそれでも、鳩山首相マニフェストを修正する際には「国民の皆様との約束を破ってしまい…」と申し訳なさそうな顔をする。ここには二重の擬制がはたらいている。

5年前、小泉首相郵政民営化法の参院否決を受けて衆議院を解散し、総選挙で記録的な大勝をおさめた。「官から民へ」を謳い、明確な新自由主義的方向性を示した小泉自民党に投票したのは、その新自由主義的政策から何の恩恵も受けない(むしろ格差の拡大によって被害を受ける可能性すらある)若年低所得者層であったという。では、この時示された「民意」とは何だったのか。自分の利益を代表しない政党を選挙で選ぶという行動を、どう見ればよいか。

外国人参政権の問題が取りざたされているが、現在、外国人には参政権が与えられていない。しかし、外国人も税を徴収され、国や自治体の施策の対象にはなっている。子どもには選挙権が与えられていないが、保育や教育などのインフラのありようは、子どもの人生に決定的な影響を与える。まだ生まれていない世代には、当然ながら選挙権はない。しかし、現在発行されている膨大な赤字国債は、将来世代に債務を負わせる行為にほかならない。

ここには、民主主義国家がその「外部」をどう扱うかという重大なテーマがある。仮に外国人参政権が付与されるとしても、すべての外国人が対象になるわけではない。民主主義は必然的に、その内側に「外部」を抱える。リンカーンの有名な言葉をパクって言えば「人民による」と「人民のため」は、イコールではない。その「ズレ」の中で「for the people」をどう担保するか。

例えば、鹿児島県阿久根市の有名な「ブログ市長」はどうか。彼もまた民主主義で選ばれ、その「奇行」でマスコミをにぎわせている。無神経な発言の数々はまあいいとして、気になるのは裁判所の決定を無視するその態度である。裁判をはじめとする司法制度は、最高裁判所裁判官国民審査という唯一の機会を除き、民主主義の「外側」にある制度である。むしろ民主主義による「多数の暴政」を防ぐという「自由主義」に立脚するのが司法というものだったはず。ここには、民主主義と自由主義という二つの理念の関係をどう考えるか、という問題がある。民主主義によって選ばれた竹原首長は、それをもって自由主義を超えることができるか。ハイエクは「民主主義は自由のための手段」と言ったそうであるが、両者がぶつかる場面では、民主主義のほうの謙抑性が求められるのではないか。民主主義の「守備範囲」はどこまでか。

さて、民主主義をめぐる論点のうち比較的重要かつホットなものを、いくつか書き出してみた。ほかにもいろんな問題点があるが、大事なのは、民主主義という制度や理念は、それ単独で存在しているわけではない、ということ。自由主義との問題、多数決と少数の権利の問題、ポピュリズムの問題、ガバメントからガバナンスへの移行の問題など、民主主義をいわば「軸」として、現代社会のいろんな問題点が放射状に伸びている。逆に言えば、民主主義をしっかり考えることで、現代社会というものが見えてくるのではないか、という気がしている。今回はその出発点になりうる新書を3冊読んでみたが、疑問は深まるばかり。まずは、新自由主義との関係で、民主主義というものを考えてみよう、か。