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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【736冊目】T・A・シービオク&J・ユミカー・シービオク『シャーロック・ホームズの記号論』

シャーロック・ホームズの記号論―C.S.パースとホームズの比較研究 (同時代ライブラリー (209))

シャーロック・ホームズの記号論―C.S.パースとホームズの比較研究 (同時代ライブラリー (209))

ホームズ・ファンとして少年時代を送った人間としては、このタイトルだけですでにタマランのであるが、内容もホームズネタがちりばめられて大満足。しかもシドニー・パジェットの挿絵付き(ドイルがホームズものを連載していた「ストランド・マガジン」での挿絵。かつて私がホームズものを読んでいた時に使われていた挿絵でもある)。懐かしくてたまらない。

まあ、ホームズ・ファンの繰り言はこのへんにしておくが、本書は実は、ホームズの推理術にことよせて、実はチャールズ・パースの論理学を解説しようとした一冊である。パースは19世紀から20世紀にかけてのアメリカの哲学者・論理学者・記号学者…であり、本書冒頭に書かれているとおり「アメリカの生んだもっとも独創的で、最も多彩な知性……しかも二位以下が問題にならないほど大きく引き離している」存在である。もっとも、そのわりにパースの名前はあまり知られていない。そのあまりにも多面的で多彩な活動のためか、あるいは彼の論理学や記号学の難解さのためであろうか。しかし、本書はパースの論理学とホームズの推理術を重ね合わせ、アナロジーを駆使して解説しているため、案外すっとパースの思想のとばぐちくらいまでは入っていける。実際、パースの論理はきわめて「探偵的」なのである。

その眼目となるのは、「アブダクション=推測」と呼ばれる方法論。これは帰納でも演繹でもない、むしろ「当て推量」としかいいようがないものである。当て推量が論理学の方法などというと顔をしかめられそうだが、実際にすぐれた研究者が仮説を立てて論証を行う場合、その仮説そのものが立ち上がる際には、この「当て推量」が働いている、というのである。もちろん、その内容はきちんとした手順で検証されなければならないわけであるが、その到達点そのものを設定するには、単なる演繹や帰納とは異なる独自の方法論が働いているということになる。

そのことを証だてるために著者が用いているのが、まさしくホームズの推理プロセスである。ご存知かと思うが、ホームズの推理は、「ちょっとした、一見ささいなこと」に対するするどい観察力と、そこから推理の大伽藍を構築する推理力にある。相棒のワトソン博士が、その日の行動や考えていることをたちどころに言い当てられて仰天するシーンはホームズものの定番である。だが、この推理もよく考えてみると、観察された事実から必然的に導かれるというものではなく、むしろかなり大胆な飛躍、いいかえれば「当て推量」を含んでいる。もちろん、ホームズは高速で推理を組み立てる中でこれを検証し、複数の事実から光を当てることで絞り込んでいくのであるが、いずれにせよ単調な一本道の推理を行っているわけではないのだ。

こうした推理メソッドの論理学版が、パースのアブダクションである。もちろん、そこには当て推量以外にもさまざまな動向が潜んでいるのであるが、少なくとも本書を読んでいてもっとも腑に落ちたのが、この説明であった。パース自身の著作はかなり難しいと聞いているが、いずれは挑戦してみたい。