自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【293冊目】小滝敏之「地方自治の歴史と概念」

地方自治の歴史と概念

地方自治の歴史と概念

地方自治の重要さについては多くの方が主張するところであるが、その根拠は実に様々である。民主主義の充実、行政事務の合理性・効率性、中央政府の無能さ・・・・・・。しかし、そもそも地方自治とは何なのか。その根本を問われると、これが意外に難しい。本書は、その概念の発生と変遷を辿りつつ、地方自治の歴史をそのルーツにまでさかのぼってその実態を描き出そうとする一冊である。なお、本書で扱われている「地方自治の歴史」は主としてヨーロッパやアメリカのものであり、東洋における地方自治の歴史や概念には残念ながらまったく触れられていない。

それでも、本書のもつ内容の厚みと広さは半端ではない。地方自治について、ここまで概念を掘り下げて分析した本はほとんどないと思われる。また、歴史においても、アメリカやイギリス、あるいは古代ローマやギリシアを中心に、いわば地方自治という切り口から西洋史を断ち切り、その断面を鮮やかに示している。それを支えているのが、各章の末尾に掲げられている膨大な参考文献である。そもそも地方自治の歴史や概念をここまで根本にさかのぼって扱った本自体がほとんど存在しないと思われるが、もし後発があったとしても、本書を超えるのは並大抵ではできないだろう。

その浩瀚きわまりない内容をここでまとめるのは不可能に近いが、歴史の面で印象に残った点にちょっと触れておく。そもそも地方の共同体は原理的に国家に先行する存在であったが、その後、国家が現れた後、今度は国家が都市に「憲章」もしくは「特許状」(英語ではいずれもcharter)を与え、その自治を保障した。そのルーツはおそらく古代ローマにさかのぼるという。こうしたルーツが、現代の国家と地方自治の関係に残響していると思われる。また、アメリカではこれと異なり、ある意味で国家なき時代の共同体から、一足飛びに近代国家を形成するという特異な状況があった。そのため、地方自治のいわば原型のようなものが奇跡的にそのまま州を、そして連邦を形成し、トクヴィルが感嘆したような一種理想的な地方自治が実現したのである。

そもそも、現在の地方自治制度は直接的には憲法に淵源をもち、憲法には言うまでもなくアメリカの、そして古代ギリシア・ローマ以来のヨーロッパの地方自治思想が影響している。そのため、今の日本の地方自治制度を知るには、実は欧米の地方自治のルーツと思想を知る必要があるのである。本書はそのための、おそらく現時点で最良の水先案内人となりうる一冊である。