【1498冊目】吉本浩二『さんてつ』
さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)
- 作者: 吉本浩二
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/03/09
- メディア: コミック
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あと2日で、東日本大震災から2年となる。
三陸鉄道は、岩手県の沿岸部を走るローカル線だ。あの日、震災と津波は沿線一帯にすさまじい被害をもたらした。鉄道も線路は曲がり、鉄橋は崩れ、駅舎も破壊され、その上にガレキが積み重なった。
ところが三陸鉄道の社員たちは、なんと被災の5日後には、一部にせよ鉄道を走らせてしまった。なぜそんなことができたのか。そして、鉄道会社が、鉄道が被災するというのは、いったいどういうことなのか。本書はそんなひとつの現実を、徹底した現場目線で描いたマンガである。
冒頭、著者と編集者を乗せた車が市内から沿岸部に移動するにつれ、目に映る光景がどんどん変わっていくというシーンがある。街並みの様子が次第に変わり、震災の爪痕がいろんなところに現れ、そして海近くはまさに「爆心地」のよう。本書にはノンフィクション作家の石井光太氏は、その状況をこう表現している。
「どんなにひどいことでも人間のやることは、1%でも情はあるんです…だけど震災は1%の情もない…100%の破壊!! 雑草まで根こそぎやられんです!!」
そのような状況の中、三陸鉄道は、先ほど書いたように震災5日後に列車を走らせた。震災の影響が比較的少なかった久慈〜陸中野田間で3月16日には一日三便の列車を運行、さらに宮古市長を通じて自衛隊に働きかけて線路上のガレキを撤去してもらい、宮古から田老までを3月20日には開通させたのだ。
実際に走らせて、何が見えてきたのか。それは、人々がいかに鉄道の運行を心待ちにしていたか、ということだったという。たぶん被災地の方々にとって、三陸鉄道は単なる移動手段にとどまらず、震災からの立ち直りそのものだったのではないかと思う。見開きで描かれた、宮古駅のホームいっぱいに広がる人々の笑顔には、ちょっとウルウルきてしまった。
しかもそれは無料運行だった。社長の望月氏はそれを「当然のこと」と語る。なぜなら、三陸鉄道株式会社というのは県と市町村が4分の3を出資した「公共機関」であるからなのだ。「私ら、走らせなければ存在意義はないんですよ……」という社長のセリフには、「公共機関」とは何なのか、と考えさせられた。
もちろん、復旧できない路線区間のほうがはるかに長い。しかし支援の手はさまざまなところから届く。復旧費用108億円を国が支援することが決まり、高価な「復興祈願レール」も完売、この間別の本で取り上げた原武史氏などは、復旧のために1000枚の切符を購入したという。「勇気がもらえる」などというセリフは安易に使いたくないが、本書はまさにそういう一冊。
一方で、震災の過酷さや避難生活の辛さ、被災した方々の絶望も悲痛もしっかり描かれていて、ズシリと重いマンガでもある。まさに震災の「リアル」を伝えてくれる一冊だ。
巻末には石井氏との対談や、三陸鉄道史や被災状況を落とし込んだ詳細な地図もついている。単なる「鉄道本」を突き抜けた、震災と復旧・復興、地域の力、無名の人々の力が詰め込まれた濃密な一冊だ。震災を忘れかかっている方、ぜひ一読されたい。
ところで、本書の段階では全線運休していた三陸鉄道南リアス線が、4月3日から一部運転再開となるそうだ(三陸鉄道ホームページ)。いやあ、長かったですねえ。でも、よかったですねえ。