【1133・1134冊目】武内孝善・川辺秀美『空海と密教美術』/宮坂宥勝『空海』

- 作者: 武内 孝善,川辺 秀美
- 出版社/メーカー: 洋泉社
- 発売日: 2011/07/07
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- 作者: 宮坂宥勝
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2003/09
- メディア: 文庫
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『空海と密教美術』は、東京国立博物館でやっている『空海と密教美術展』を観に行く前の予習のつもりで読んだ。あまりにどんぴしゃりのタイトル(もしかして販促品?)なので思わず手に取った一冊なのだが、空海ゆかりの美術品がカラーでたっぷりと紹介されている上、空海の事績や密教の紹介がなされている本文とのリンクもしっかり行われていて、結果的には「予習」にぴったりの一冊であった。
しかも、考えてみれば曼荼羅をはじめとした密教美術自体が、密教の世界観や教えを図像によって分かりやすく伝えるためのものなのだから、美術品から空海や密教に入るというルートは、案外悪くないのかもしれない。特にインパクトがあったのは、東寺の立体曼陀羅。なにしろ21体の仏像が三次元で配置され、無類の密教空間をつくっているというのである。ちなみに上野にはそのうち8体が来られている模様。
また、仏像の美しさと言う点では、快慶の孔雀明王像に「一目惚れ」した。孔雀の上の蓮台に坐した明王像なのだが、そのバランス、その力強さ、その静かな緊張感。写真で見ただけで言葉を失う。残念ながら上野にはお越しになっていないらしいが、これを見るために高野山まで行ってもいい、と思えた。
美術品の紹介だけでなく、密教や空海についての説明もコンパクトにまとめられている。美術鑑賞のためだけならこれで十分かもしれないが、やはり読んでみるとその奥を知りたくなるのが人情だ。ということでもう一冊選んだのは、空海と言えばこの人、宮坂氏のエッセイをまとめた本。本格的な解説書である『沙門空海』とどっちにしようか迷ったが、まずは柔らかいところから入ってみたかったので、こちらの本にした。
とはいえ、エッセイにしてはなかなか硬派というか、決してやさしくはない。かなり本格的に空海の思想を紹介するものになっている。内容に若干の重複はあるが、むしろ大事なことがいろんな角度から書かれているので、かえって理解の助けになった(詳しい人は読んでいてちょっとうざったいかもしれない)。いろいろ眼を見開かされるところがあったが、何よりの発見は、空海がどういう点で「凄い」のかが、具体的に分かったこと。
空海と言えば、日本史上最大の天才ともてはやされることもあるくらいの傑物。以前、司馬遼太郎の『空海の風景』を読んで、おぼろげながらその凄みの一端には触れた気でいたのだが、具体的にどこがどう、と問われると自信がなかった。それが本書を読んで、どこがどう天才なのか、どうスゴイのか、というところが、かなり「見えて」きた。
偉業ということで言えば、なんといっても、密教を頂点に、儒教・道教・小乗仏教・大乗仏教という、いわばそれまでに日本に伝来していたさまざまな思想の整理統合を試みたことだろう。そんなこと、一神教の世界ではまずありえない話だが、これこそ空海が提示した多神教的で融合的な東洋流メソッドなのだ。それが初期には儒教・道教・仏教をドラマ仕立てで比較した「三教指帰」となり、後には10段階で思想を優劣づけた「十住心体系」となった。
加えて天才的な詩作の能力、日本史上有数の書の腕前、20年の留学期間を、わずか2年で密教を伝授されたという実力など、まさにオールマイティの天才ぶりであるが、加えて特筆しておきたいのは、教育家としての空海の力であった。なにしろ空海がひらいた学校「綜藝種智院」は、日本で初めて庶民を受け入れた私立学校であり、しかもその内容は、儒教・道教・仏教を総合的に教えるという空前のカリキュラムを構想。さらに、なんと生徒は(学費を払うのではなく)給費制であったというのだから恐れ入る。
本書にはそんな空海の教育思想を述べた「綜芸種智院式并序」が全文掲載されている(たいへんわかりやすい現代語訳が付されている)が、その先進性、その思想水準の高さは相当のもので、今のタテワリ・タコツボの大学教育を遥かに超えている(文部科学省の役人は全員、まずこれを熟読玩味するところから日本の教育を考え直してほしい)。もっとも、残念ながら、そのすべてが実践されたわけではないらしい。そのあたりはやはり理想と現実の落差があったのだろうか。