【283冊目】中川善之助「民法風土記」
- 作者: 中川善之助
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2001/02
- メディア: 文庫
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著者は民法学、特に家族法分野では泰斗とでもいうべき方であるが、本書は法律書というより紀行文に近い。しかも、実に秀逸な紀行文である。法律家というとロジカルで冷たい文章を想定してしまうが、本書はまったく違う。本書は著者が日本各地を訪れた時の状況を記録しているのだが、その語り口が実に生き生きと日本の地方の風景や人々を、時には率直な感情を交えて描写しているうえ、しかもそこに、法制度と地方の生活実態の調和というテーマが巧妙に織り込まれているのである。民俗学のフィールドワークの法律家版といったところだろうか。
特に多いのが末子相続の風習を訪ねた記録である。戦前の日本では長男の相続が当然であったところ、実態としてはかなりの地方で、そこの風習にあわせた末子相続を実現していることがよくわかる。もちろん、長男を廃嫡したりして制度上のつじつまは合わせてあるのだが、面白いのは、いくつかの地方では末子相続が風習だとまるっきり自覚していないところ。それぞれの家で、やむをえず末子相続になったという理由はもっているのだが、それがそろってみると実はみんな末子相続をしていたというのは、笑い話としてもなんだか不思議な話である。
ほかにも実に様々な風習が、少なくとも当時(主に昭和初期から戦前まで)の日本では、各地方に存在したことが本書からは克明にうかがえる。そう考えると、民法(に限らず法律というもの)はずいぶん乱暴なものだと思わざるを得ない。全国一律に一定の基準を押し付け、それまでの習俗も何もなく「これからはこうせよ」と決め付けてしまうのだから。もっとも、それが反面では、戦後の家族法のように人権抑圧的な因襲から個人を解放してきたという面もあるから難しいのだが。
いずれにせよ、本書はすぐれた紀行文、すぐれたエッセイであると同時に、ある一時点において日本の地方に息づいていた家族制度のありようを鮮やかに描いた貴重な記録でもある。今でも地方によっては民法上の規定とまっこうからぶつかるような風習が残っているのか、それと制度との折り合いをどのようにつけているのか、そんなことが気になった一冊であった。