自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2139冊目】ヤマザキマリ『望遠ニッポン見聞録』

 

望遠ニッポン見聞録 (幻冬舎文庫)

望遠ニッポン見聞録 (幻冬舎文庫)

 

 
テルマエ・ロマエ』『プリニウス』の漫画家、ヤマザキマリが綴るニッポン。

マークスなんちゃら女史のような「日本ダメダメ・西洋礼讃」エッセイでもなければ、最近やたらに多い「日本スゴインデスヨ」型エッセイでもない、絶妙の距離感が心地よい。それは、17歳で日本を出てイタリアで貧乏生活を送った(帰る旅費もなくなり、屋台でアクセサリーを売ってしのいでいたらしい)という経験によるものか、イタリア人の夫と暮らし、日々価値観をぶつけ合っているからか、それとも漫画家という商売ゆえの冷徹な観察眼なのか。

そんな彼女の視点から眺める日本人やイタリア人は、いろいろ違いはあるものの、どっちもどっちでいいじゃないか、と思えてくる。その中で、どうにもみっともなさを感じてしまうのは、自分の価値観を押し付けようとして異文化圏の人に対して「あんたたちはおかしい!」と言い募る人の存在だ。そういう人は、自分たちの価値観(家族がハグしないのはおかしい、とか)が絶対だと確信しているのだろう。

 

だが、おそらく「国際化」がどんどん進んでいく中で、最初に淘汰されるのはこういう連中なのではなかろうか。他国の文化や慣習を楽しむどころか、平気で否定するような人は、頼むからパスポートなど取らずに、自国の中で自民族とだけ付き合って生涯を終えてほしいものである。

【2138冊目】北西憲二『はじめての森田療法』

 

はじめての森田療法 (講談社現代新書)

はじめての森田療法 (講談社現代新書)

 

 



講談社現代新書森田療法と言えば岩井寛『森田療法』が定番だが、本書はその弟子筋にあたる著者による、森田療法の最前線を扱う一冊だ。

森田療法は、森田正馬が考案した日本独自の治療法だ。フロイトとほぼ同時代に活躍したにもかかわらず、森田の人間観や治療観はフロイトのものとは大きく異なる。症状の原因を患者の過去に沈潜した無意識に求めたフロイトに対して、森田は原因を追い求めるのではなく、作業主体の入院生活を送ることによって治療を行った。その治癒率は普通神経質で55%が全治・37%が軽快、発作性神経症で69%が全治・29%が軽快、強迫観念症で59%が全治・35%が軽快というからものすごい。

だが、今や森田療法は精神医学界の中でもかなりマイナーな存在になっている。では、森田療法はすでに過去のものなのだろうか。否、と著者は言う。確かに当時とは患者像は大きく異なるが、むしろ心の病がこれほどまでに増えた現代こそ、新たな森田療法が求められているというのである。

本書は森田療法のエッセンスとともに、現代版の森田療法の実践例を紹介している。入院から在宅への転換、もともとの森田療法では行われなかった患者の過去歴の聴取などの内容は、森田療法の「信奉者」には怒られてしまうのかもしれない。だが、時代が変わるとともに、森田療法もまた変わらなければならないというのが著者の考え方のようだ。そして、新たなスタイルとなった森田療法の中にも、そのエッセンスは確かに息づいているのである。

その内容は多岐にわたるが、大きなポイントになりそうなのが「あるがまま」という考え方だ。「かくあるべし」という理想の自己をそぎ落とし、「実際の自分」を認める。人前で緊張してあがってしまうなら、「あがらないようにしよう」と考えるのではなく、「あがってしまう自分」をまず認める。苦しみも悩みも、それを否定しようとするのではなく「苦しんでいる自分」「悩んでいる自分」をまずは認めていくのである。

面白いのは、その際、治療者自身も「あるがまま」でなければならない、ということだ。治療に行き詰っていたら、行き詰ったという状況を認め、患者と共有する。それによって「行き詰ってもいい」という感覚を患者も持てるようになり、信頼感がかえって増すというのである。

この発想、きわめて仏教的であり、東洋思想(特に老荘思想)的である。そもそも「苦」を認めていくあたりが「一切皆苦」そのものだし、人間の自然なあり方をそのまま認めていくあたりも、老荘の発想にきわめて近い。森田療法とは、まさに東洋思想の治療的実践なのだ。ふだん悩みがちな人、「自分はこうあるべき」という意識が強い人は、ヘタなポジティブ思考なんぞに染まるより、こうしたアプローチから入ってみることを勧めたい。

【2137冊目】宮部みゆき『ペテロの葬列』

 

ペテロの葬列 上 (文春文庫)

ペテロの葬列 上 (文春文庫)

 

 

 

ペテロの葬列 下 (文春文庫)

ペテロの葬列 下 (文春文庫)

 

 
いきなりのバスジャック事件にはじまり、事件の真相を被害者たち自らが探る流れをメインに、主人公・杉村三郎の会社事情や家庭事情を絡めていく。『誰か』『名もなき毒』に続く杉村三郎シリーズの3作目……なのだが、どちらかというと『火車』『理由』の系譜に連なる、社会問題をテーマに取り上げた正統的社会派ミステリーに近い。

ただ今回のテーマは、なかなかに重い。いわゆるネズミ講なのだが、被害者が他の人を巻き込む加害者になっていくという構造が、なんとも残酷で悲惨。友人や家族、同僚を勧誘したばかりに、金だけでなく人間関係まで失ってしまうこの犯罪の過酷さが、ありありと描かれている。

ラストの衝撃にはびっくりしたが、私は現代モノを書く宮部みゆきは「黒宮部」だと思っているので(ほんわかした描写や人物造形に騙されやすいが、登場人物を悲惨な目に遭わせることにおいて、この人は本当に容赦がない)、ああ、また出たか、という印象だった。

ただ、そのインパクトが強すぎてメインを食ってしまっているのは、いささか残念。もうちょっとソフトなやり方(例えば杉村自身が自発的に……とか)もあったように思うんだが。その意味で、ちょっとバランスの悪い作品ではあった。次回作も出ているようだが、どんなふうに展開するのか楽しみだ。

【2136冊目】マット・リドレー『赤の女王』

 

赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
 

 

「この国じゃあね、おなじ場所にとまってるのにも、ちからいっぱい走らなきゃだめなのよ」

 



タイトルは、上のセリフの主である「赤の女王」に由来する。『鏡の国のアリス』に登場するキャラクターだ。本書は進化の法則をこのセリフになぞらえ、特に「性淘汰」に着目して生物全般、そして人間の「性」に斬り込んだ一冊だ。

そもそもなぜ「性」は存在するのか。どうして無性生殖じゃダメなのか。あるいは、どうして多くの生物で「性」は2種類、雄と雌しかないのか。一見素朴なこうした疑問が、実は進化の本質に根差したものであることが、本書を読むとよくわかる。ちなみに有性生殖の最大のメリットは、疾病対策だという。病原菌やウイルスの変化に対抗するためには、遺伝子のパターンを常に変更させておかなければならない。つまり著者に言わせれば、結局のところ男は「女たちの保険証券」なのだという。「彼女らの子どもたちがインフルエンザや天然痘で死んでしまわないためには、男の存在が必要なのだ」

一夫多妻や不倫をめぐる記述もおもしろい。一夫多妻は「一夫多妻的な関係のチャンスがめぐってくればそれをとらえ、セックスという目的を達成する手段として富、権力、暴力を用いて他の男たちと競い合う」という男の本性に由来するという。だが、一方で男は、自分の妻が自分以外の男との間にできた子どもを産むことを忌避する(自分のDNAを残すという生物としての欲求である)。そのため多くの男性は「ウエストがほっそりした女性を好む」という。ウエストが太目の女性は、妊娠初期である可能性があるからだ。

一方の女性も負けていない。女性がオルガスムに達する(要するに「イク」)と精子が膣内に残りやすく、妊娠の可能性も高まるのだが、不倫をしている女性に対する調査の結果(こういう調査、どうやってやってるんだろうか?)、夫とのセックスでオルガスムに達した女性は40パーセントなのに対して、不倫相手の場合は70パーセント。しかも恋人とのセックスは、月のうちでも妊娠しやすい日に行われていたという。つまり女性は、無意識のうちに、夫よりも不倫相手の子を宿そうと「画策」しているというのである。

本書から読み取れるのは、なんだかんだいっても、人間は生物の一員であって、「進化の軍拡競争」からは逃れられない存在だ、ということだ。そのための性淘汰の仕組みが、現代の人間の婚姻やセックスにまで織り込まれているのである。夫婦関係や恋人関係を見る目が変わる一冊だ。

【2135冊目】Daigo『自分を操る超集中力』

 

自分を操る超集中力

自分を操る超集中力

 

 



「日本唯一のメンタリスト」としてテレビで引っ張りだこのDaigoの本。メンタリストとは「人の心を読み、操る」技術(メンタリズム)の使い手ということだが、本書は他人ではなく、自分で自分の心をコントロールする一冊だ。

とはいっても、それほど珍しい自己暗示技術が紹介されているわけではない。むしろ集中力を保ち、仕事の成果を上げるための自己啓発がメインで、その範囲は睡眠や食事など生活全般に及ぶ。

集中力をRPGにおけるHPのような「量」として捉えているのが面白い。著者はこれを「ウィルパワー」と呼び、使えば減り、休めば回復するものと説明する。まさにHPそのものだ。

ここから導き出されるのが「余計なことに意思の力を使わない→自動化、習慣化によって「決断する事柄」を減らす」「食事や休息、睡眠によってウィルパワーを回復させる」という2つの方向性だ。本書はこの2つを、最新の科学的知見を取り入れながらわかりやすく解説した一冊といえる。

こういう本を読むときは「いいとこどり」に徹するのが大事だ。仕事の内容も職場環境も人によって違うのだから、読みながら「ここは使える」「ここは合わない」と仕分けしていく。そして「使える」と判断した部分は、自分の生活パターンに組み入れていくのだ。私の場合で言えば「コーヒーとヨーグルトを一緒に摂取」「15分に一度立ち上がって脳をリフレッシュする」あたりが参考になりそう。「感情(喜怒哀楽)」をうまく自己管理に取り入れるノウハウも興味深い。

それにしても、この手の本って文章のクセがどれも一緒なんですよねえ。そういう書き方のフォーマットがあるのか、同じライターさんが書いているのか……。どうでもいいことだけど、ちょっと気になった。これは、蛇足。