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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2116冊目】萩耿介『イモータル』

原理・思想・宗教

 

イモータル (中公文庫)

イモータル (中公文庫)

 

 
現代の日本を離れてインドで消息を絶った兄と、不動産営業マンとして日々を送る弟。吹き荒れる革命をよそに王立図書館で言葉に埋もれるデュペロンと、商人の弟。ムガル帝国皇位継承者でありながら、古代インドの知恵と真理に惹かれるシコーと、兵を挙げて皇位を簒奪する弟。

はるかに時空を隔てた「3組の兄弟」。世俗にまみれて生きる弟と、世俗を超えた知の世界、言葉の世界に身を投じる兄という組み合わせが重なり合っている。そして、この3組をつなぎあわせるのが「智慧の書」という不思議な本だ。古代インドの智慧が満ちたウパニシャッドを、ペルシャ語に訳したのがシコーなら、ヨーロッパに伝わったそれをラテン語に訳したのがデュペロン。そして、この本が日本に流れ、日本語に翻訳されたものを手に取ったのが、インドで消息を絶った兄であり、その弟なのだ。

世俗の生は一代限り。だが、智慧と真理の道は永遠であり、不死(イモータル)なのだ。そして、智慧と真理は文字によって刻み付けられ、正者の時間を超えていく。

デュペロンもシコーも、周囲からはさんざんに呆れられ、忠告される。そんなことにかまけていないで、もっと「世俗の生」を生きろ、と。だが、時代を超えたのはデュペロンやシコーによって訳されることで、国境を超えて広まった本の方なのだ。そしてそれが、兄の消息を追う男の手元にたどり着く。それまでの弟たちと違うのは、彼がインドに赴き、兄のたどった道を辿ろうとすること。ここに至って、兄と弟たちのループが途切れ、新たな世界が目の前に広がっていく。

奇妙な小説だが、やたらに印象に残るのはどういうわけか。別段難解ではなく、語り口はむしろスリリングで面白い。だが、その奥行きはなかなかに深く、人の生き方ということを真正面から考えさせるものがある。出世や金儲けが人生の目的か。それとも、それはかりそめの幻影にすぎないのか……。