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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2043冊目】ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』

日常・生活・観察

 

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

 

 
太ると分かっていても、甘いものに手が伸びてしまうのはなぜか。翌日二日酔いで苦労すると分かっていても飲み過ぎてしまったり、やらなければと思っていても仕事を後回しにしてしまうのはなぜか。つまり……私は(そして、たぶん「あなた」も)、どうしてこんなに意思が弱いのか。

本書はこの「意志力」の問題を取り上げて分析し、多彩なメソッドを提示した一冊だ。ちなみに私が本書を入手したのは、書店ではなくコンビニ。特に買うつもりはなかったのだが、雑誌と一緒に置いてあったのを見て気になり、おもしろそうだと思うと我慢できずレジに持って行ってしまった。後から図書館で予約したり、ブックオフで古書価格で買えたかもしれないのに……。これはまさに、本書でいう「目先の欲望に理性が負けた」パターンにはまった一例なのかもしれない。

だが、なぜわたし(たち)は、「将来のスリムな身体」より、目先の「おいしそうなチーズケーキ」を優先してしまうのか。その理由は、一言でいえば進化のミスマッチ。常に食糧不足にさらされていた原始時代の人類にとっては、「手に入る時に食べ物を手に入れる」ことが何より重要だったのだ。

もう少し具体的にいうと、誘惑的なアイテム(例えば「チーズケーキ」とか「ビール」とか)が目の前に現れると、ドーパミンという神経伝達物質が脳内に放出される。ドーパミンは「幸福感」をもたらす物質と言われることもあるが、本書によればこれは間違いで、ドーパミンが実際にもたらすのは「興奮」であって「欲求」なのである。

つまり、ドーパミンは欲求の実現に向けて人を駆り立てるだけであって、欲求を実現した時の満足感や幸福感とは無縁なのである。もちろん、食料の乏しい原始社会では、食料を手に入れた者は実際に幸福感を得たことだろう。だが、現代のような、ありとあらゆる場所に誘惑がちりばめられた生活空間ではどうか。目先の誘惑に負けてチーズケーキを食べても、感じるのは後悔と胸やけだけ、ということになる。

まあ、このあたりの「進化のミスマッチ」については、すでにいろんな本に書かれているもので、特に珍しい内容ではない。本書がユニークなのは、冒頭にも書いた通り、こうした前提条件を踏まえたうえで「どのようにすれば意志力を鍛え、誘惑を避けることができるか」というノウハウを豊富に紹介している点だ。その意味で、本書は(他の本以上に)実践し、その効果を自ら感じるところに意味がある。

私がトライしたのは最初のいくつかだけだが、それでも「瞑想をやってみる」「ゆっくり呼吸をする」といったメソッドは、数日続けただけでもいささかの手ごたえを感じた(うさんくさい言い方になるが「前頭前皮質」が活動しているような気がした)。特に、仕事上の心配事が気になって読書に身が入らないという当面の悩みがかなり改善したのには驚いた(本当に考えなければならないことではなく、考えても何にもならないのに脳裏を去らない類の悩みである)。

他にも面白いトピックがいろいろあったが、気になったのは「モラル・ライセンシング」という現象。これは「人は何か良いことをすると、それで気分がよくなって、少しくらい悪いことをしてもかまわないと思ってしまう」という心の動きのことだという。例えば「ボランティア活動をした人が、仕事をだらけてしまう」「少しばかり運動をした人が、それ以上に高カロリーの食べ物を口にする」といったケースである。

しかもこれは、実際に「良いこと」をやっていなくても起きるという。「良いことをしようと考えただけで、人はそれをした気になってしまう」というのである。環境に良い商品をカタログで見ただけなのに「買ったつもり」になってしまう、寄付をしようと考えただけで実際に寄付をした気になってしまう、といったケースが該当する。

だからといって、例えば環境運動家や慈善家がすべてそれ以上の悪いことをしていると言う気はないが(そういう人も中にはいるだろうが)、自戒すべき点もありそうだ。ホテルの宴会場で、最も評判の悪い客は「警察官」「医師」「教師」だと聞いたことがあるが、これも「モラル・ライセンシング」のなせる業なのかもしれない。