自治体職員の読書ノート

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【1969冊目】山口雅也『奇偶』

 

奇偶

奇偶

 

 

「奇遇」ではなく「奇偶」。打ち間違いではない。念のため。

一般に、推理小説では「偶然」を排除する。ヴァン・ダインは「犯人は論理的な推理によって決定されなければならない」と、ロナルド・A・ノックスは「偶然が探偵を援けてはならない」と書いている。

その伝でいえば、本書は「反推理小説」としかいいようのない一冊である。とはいえ、デキの悪いミステリが安易に「偶然」を織り込むのとは違う。むしろ「偶然」のもっとも恐るべき局面を、著者は根本的なトリックに適用してみせる。前代未聞、究極の「偶然トリック」なのである。

さらに、本書全体にちりばめられた「対話」がものすごい。なんといってもその内容は「偶然」「神」「量子力学」「エントロピー」「易」等々という、他の推理小説ではまず取り上げられないであろうヘビーなものなのだ。しかも、とおりいっぺんの取り上げ方ではない。徹底的に突き詰め、あるいは対話をまたがって論じられ、考察されている。だいたい、会話の中に「シュレディンガーの猫」や「片目の神」が論じられ、参考・引用文献に「九鬼周造」「デヴィッド・ボーム」「柳田國男」「C・G・ユング」などが並ぶ推理小説が、他のどこにあるか。

その意味で、本書は「謎解きを楽しみたい」「フェアな条件で犯人当てをしたい」と思う人にはオススメしない。「奇想天外な真相に仰天したい」「膨大な議論と思弁そのものを楽しみたい」という方こそ、本書を読むべきである。そうすれば、少なくとも「偶然と必然」についての思いがけない結論を得ることができるだろう。