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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1657冊目】ウラジーミル・ソローキン『親衛隊士の日』

親衛隊士の日

親衛隊士の日

舞台は帝政が支配する近未来のロシア。陛下の親衛隊士アンドレイ・ダニーロヴィチは、今日も赤いメーリン(メルセデスベンツ)に犬の首をくくりつけ、「仕事」へと邁進する。反逆的な貴族の邸宅を襲って貴族を吊るし奥方を強姦。コンサートホールでは演目を検閲。疲れを癒すには小さな金のチョウザメで集団トリップ、そして親衛隊の結束を高めるには、サウナで文字通り「身体の繋がり」を再確認……

相変わらずのクレイジーな妄想が炸裂するソローキンの長編。だが前作『青い脂』のメチャクチャさ加減に比べると、かなり「普通の小説」に近い内容にはなっている。親衛隊士の一日という「枠組み」がきちんと嵌っているし、独裁やナショナリズムへの風刺さえ効いているのだ。

そのぶんソローキン流の破壊力がやや落ちているのは残念だが、「ソローキン入門」としては良さそうだ。というか、本書の内容についていけないようなら『愛』や『青い脂』は絶対手を出さない方がよい、というべきか。未読の『ロマン』も、たぶん破壊力では本書より上と思われる。

本書のベースになっているのは16〜17世紀頃の帝政ロシアであるらしい。訳者あとがきによれば、そもそも本書の「主人公」の職業名である親衛隊士(オプリーチニク)は、16世紀にイワン雷帝によって任命された直属の配下のことで、国家や君主に敵対していた貴族の根絶にあたっていた。任務にあたっては馬の首に犬の首をくくりつけていたというから、まさに本書の「親衛隊士」たちは(馬がメルセデスベンツになっているだけで)近未来版のオプリーチニクたちそのものなのだ。

しかし、ソローキンは単に過去の帝政ロシアを皮肉って本書を書いたのか。まさかそれだけではあるまい。むしろかつてのロシアは、別のカタチでスターリニズムや、さらには現代のプーチン支配下のロシアにも投影されているというべきなのだと思う。だからこそ、近未来に蘇った親衛隊士の存在は、おぞましいまでにリアリティがあるのではないか。

「ロシアのナショナリストの夢が実現したら、どうなるか空想した」と、ソローキンは読売新聞の取材に語っている。まさに本書はロシアの、そして世界のディストピアを、グロテスクなユーモアのうちに描き出した一冊だ。ちなみに本書には続編『砂糖のクレムリン』があるという。ほかにも本書巻末を見る限り、かなりの未邦訳作品が眠っているらしい。頼むから早く翻訳してはくれないか。

あ、そうそう。本書の翻訳はかなりよくできている。ロシアの近現代文学からの無数のパロディや引用が本書には埋め込まれているのだが、よくぞそれをここまで訳したものだ。経歴を読むとまだお若い方のようだが、松下隆志氏にはぜひ「ソローキン訳者」として、今後も破壊力たっぷりの日本語でソローキンを日本に届けてほしい。期待してますぜ。

青い脂 愛 (文学の冒険シリーズ)