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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1561冊目】金子勝・神野直彦『失われた30年 逆転への最後の提言』

国家・市場・労働

失われた30年―逆転への最後の提言 (NHK出版新書 381)

失われた30年―逆転への最後の提言 (NHK出版新書 381)

金子勝は私がもっとも信頼する経済学者のひとりであり、神野直彦は私がもっとも信頼する財政学者のひとりである。本書はこのお二人の対談ということで、私にとっては「夢の共演」の一冊だ。もっとも、書かれていることは「夢」どころではない。なにしろ日本にとっての「悪夢」をギリギリのところでどう回避するかが、本書のテーマなのだから。

財政の危機の背後には、必ず経済的な危機、社会的な危機が存在する。だから財政の危機を解消するには、その背景となっている経済的危機や社会的危機を解決しなければならない。これが本書における議論のスタートラインである。

しかしこの時点ですでに、これまでの国の政策がこの真逆を行っていることに気づかされる。「危機の原因そのものを解決しないで、むしろそれを一層ひどくして財政の帳尻だけを合わせようとするから、ますます結果として社会の痛みが猛烈に強くなるという悪循環」(p.43)という金子氏の指摘は、まさにそのとおりであろう。具体的には非正規雇用の増加、格差の拡大、社会保障制度の崩壊など、言い古されたトピックばかりだが、しかしやはり、ここのところが問題の根底なのだ。

これらの現象は、一言で言えば、国家による再分配機能が著しく衰えていることを意味する。ところが野田総理の頃の「税と社会保障の一体改革」をみても、社会保障改革はほとんど置き去り状態のまま、消費増税だけが決まってしまった。むしろ、生活保護基準の切り下げの議論にみられるように、社会保障シュリンクする方向にさえ向かっているように見える。今の日本の現状がまったく見えていないとしか思えず、正気の沙汰ではない。

こうした状況に対して、本書はエネルギー政策、社会保障制度と税制、さらには産業構造や社会全体の変革について、それぞれ具体的な提言を行っている。その中でひとつのポイントになってくると思われるのが「集中型メインフレーム社会」から「地域分散型ネットワーク社会」への転換。エネルギー政策や食糧政策を、この理念を軸に地域の自立と結びつけていくことが意図されている。

一方、社会保障制度では「地方政府」「社会保障基金」「中央政府」の三位一体による「3つの政府体系」を構想している。年金制度についても所得比例年金とミニマム年金の組み合わせを提案しており、たぶんこれは民主党政権交代当初の年金構想に近いのだろうが、本書を読む限り、なかなか実現性の高いものになっているように思う。

ちなみに年金に関しては、受給年齢の引き上げがヨーロッパでは若者の暴動につながっているが、日本ではむしろ年金は世代間闘争の対象になっている、という指摘が興味深い。なぜヨーロッパでそういうことが起きるかというと、受給年齢が上がれば高齢者に仕事が奪われ、若者の失業率が上がるため、世代間連帯として受給年齢引き下げを訴えるという動きが出ているという。

日本でも年金受給年齢の引き上げは大きな話題になったが、当の高齢者はともかく、若者がこれに反対して大規模なデモや暴動を起こしたという話はあまり聞いたことがない。このあたりの違いに、日本社会の世代間断絶の根深さが象徴されているように思われる。

また、産業構造の転換については新自由主義では産業構造を転換するシナリオが描けない」(p.205)という神野氏の指摘になるほどと思った。新自由主義で経済が活性化しても、それは技術革新の結果ではなく、無慈悲に人件費を削減する消極的な減量経営の結果に過ぎない」「知識経済化した時代に、優秀なプログラムを組むことができる人間をこの国は育てようとしない」。その結果、優秀な人材があたら使い捨てになり、既存の産業を転換するほどのイノベーションを起こせる人材が育たない。

つまり決算書の上では、人間を人件費という「コスト」でしか捉えず、投資対象として見ることができないのである。これは長いスパンで見ると致命的な問題である。にもかかわらず、四半期決算の単位で利益を上げなければならない経営者の多くは、そうした長期的な視点を持てていない。

本書は自民党への「復古」前に書かれている。しかし、本書に書かれたような状況が安倍政権以降改善したかというと、まったく逆であろう。確かに円高・株安傾向はかなり是正されたが、再分配政策の強化や社会的セーフティネットの張り直しなどの面では、かえって後退した感がある。中央集権志向はむしろ強まっており、地方分散型システムなど夢のまた夢だろう。それでも、安倍政権への支持率はいまだに7割を超えている。いったいこの国は、どこへ行こうとしているんだろうか……