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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1536冊目】井手英策『財政赤字の淵源』

財政赤字の淵源 --寛容な社会の条件を考える

財政赤字の淵源 --寛容な社会の条件を考える

目からウロコの財政論。日本がなんでこれほどの財政赤字を抱え込むことになってしまったのか、その原因を、歴史を遡って解き明かす一冊だ。

さて、まずはシンプルに考える。財政再建の方策には2通りしかない。「歳出を減らす」「歳入を増やす」である。

まず思いつくのは「歳出を減らす」ほうだが、著者によれば、すでに日本は諸外国と比べても、十分すぎるほど「小さな政府」である。多いと言われてきた公共事業への投資額はいまやOECD諸国の平均程度に過ぎず、しかも社会保障への支出は先進国中アメリカに次ぐブービー賞。公務員の全労働者に占める比率もたいへん低い。

では「歳入」つまり税収を増やすのはどうか。ここで著者が着目するのが、日本社会における増税の難しさだ。本書はある意味、この「増税の難しさ」が難しい理由を考える一冊と言える。

現在の日本国民の租税負担は、OECD諸国中最低水準……と言われて素直にうなずける方は、それほど多くないのではないか。実際、中間層の感じている負担感はかなり高いことが、調査の結果わかっている。その理由は、中間層の受益の乏しさだ。払った税に見合った受益が得られないのだから、相対的に負担感が重くなるのは、ある意味当然のことといえる。

日本は今まで、公共事業メインの財政構造の中で、社会福祉の対象を絞り込んできた。そのため仮に増税されてもそのカネは低所得層に流れ込み、遠慮なく言ってしまえば、中間層は「取られ損」になる一方なのだ。

だから著者は、こうした低所得層への「ターゲッティズム」(選別主義)から、所得・性別・年齢の違いを問わずすべての人々にサービスを給付するユニバーサリズム(普遍主義」の考え方に基づく社会保障制度への転換を求めていく。そんなことをしたら財源がいくらあっても足りない、真に必要な人にサービスを絞り込むべきだ、という声がすぐさま飛んできそうだが、いやいや、それはそっちの考え方のほうが「甘い」。

なぜなら、受益を保障することで初めて中間層に増税への理解を得ることが可能になり、そのことが結果として低所得層の受益増にもつながってくるからだ。これを著者は「連帯のパラドックスと呼んでいる。

結論だけ見るとちょっとびっくりするような逆転の発想だが、本書はこの結論に至る思考のプロセスをたいへん丁寧に追っているので、実際に読んでみると、案外無理なく受け入れられる(というか、実にまっとうで当たり前の結論であることがわかる)ことと思う。

さらに著者は、われわれ自治体職員にとって非常に重要な指摘をしている。それは、中間層のニーズを把握し、適切なサービスを供給するには、地方分権を推進し、地方自治体がその担い手とならなければならない、ということなのだ。

「…このような歴史的経緯からすれば、人々のニーズを捉えるうえでの主体は、本来、地方自治体であり、とくに対人社会サービス・現物給付がその中心ということになるだろう。(略)福祉国家の拡充とともにサービスが多様化し個別のニーズに対応しなければならないこと、その際、首長や地方議会議員は住民に近く、彼らの要求に敏感にならざるをえないこと、地域のニーズに応えつつ、サービスを提供する主体たりうるのは地方自治体だけであることなど、現代的な要因を勘案しても、人びとのニーズ、とくに現物給付の供給に関しては、地方自治体が担い手とならなければならない」(p.252〜253)

ただし、これを読んで、地方分権にお墨付きをもらえたなどと喜ぶべきではない。むしろ、たいへんな重責を地方自治体は負っていると再認識しなければならないのだ。著者自身、すぐ後で「どのように公共部門全体で人びとのニーズを満たすのかが重要なのであり、国対地方の権限の奪い合いとなっては意味がない」(p.253)と釘をさしているが、おっしゃるとおり。

今の日本の抱える問題を、財政論から社会論まで一望できる好著。著者は神野直彦門下らしいが、今後が楽しみな学者さんだ。