【1430冊目】荒俣宏『別世界通信』
- 作者: 荒俣宏
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1987/12
- メディア: 文庫
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いま調べたら「新編」も出ているようだが、私が読んだのは旧編のほう(なにしろ古本屋で見つけたもので)。1976年に書かれたらしいが、今から30年前にこれほど充実したファンタジー・ガイドが存在していたことに(そして、それを今まで読んでいなかった私自身に)驚かされる。なぜって、小学校高学年から高校生あたりまでの私は、ファンタジー大好き、幻想小説大好き人間だったのだから。
もともとはゲームブック(知ってます?)から始まり、本書でも大々的に紹介されている『指輪物語』はわが少年期のバイブル。マイケル・ムアコックやフリッツ・ライバーなど、ヒロイック・ファンタジー系にかなり偏ってはいたが(でもラヴクラフトなんかも大好きだった)、それでもあの頃の私は、一日に一度は「別世界」の空気を吸わなければ生きていられなかった。
なのに気がつくと、すっかり現実にからめとられた人生を送っている。幻想小説も時々は手に取るが、あの頃のような強烈な飢餓感はもう感じられない。映画『ロード・オブ・ザ・リング』も、面白かったし懐かしかったが、それ以上のものはなかった。どうやら、かつての私は半身を「別世界」に置いていたが、今は全身すっぽり、この現実社会にはまりこんでしまったらしい。
だが、この本を読み進むにつれて、あの頃の感性のツボらしきところをぐいぐい押されるような気分を感じた。幻想小説の世界を、私は完全に去ったのではなく、単に忘れ去っていただけだったのだろうか。あの頃半身を浸していた「別世界」には、今でもその抜き型が残っているのかもしれない。
本書は日本における幻想文学案内のパイオニア的な一冊だ。その圧倒的な充実を感じるには、巻末の「書棚の片すみに捧げる180冊+2」を眺めるだけで十分だろう。
古今東西の古典名作から古本屋でもめったに入らないものまで、30年前のブック・ガイドにもかかわらずまったく古さを感じない。「読め」というのではなく「書棚の片すみ」に並べるだけで良いというスタンスが、また荒俣宏っぽくてよい。
そして本文。ここでは本の紹介に着目だ。かの『指輪物語』をはじめ、E・R・エディスン『ウロボロス』やデヴィッド・リンゼイ『アルクトゥルスへの旅』、マーヴィン・ピーク『ゴーメンガスト三部作』、ジョージ・マクドナルド『リリス』、ウィリアム・モリス『この世の果ての森』など、超有名本から全然知らない本までが取り上げられている。
なんといってもこの紹介がものすごい。内容をダイジェストしつつ魅力について語っているのだが、少なくとも唯一既読だった『指輪物語』で見る限り、長大な物語にも関わらず物語の起伏、ダイナミズムがそのまま転写されており、しかもよくできた映画の予告編のように、読んでいると本編を読みたくなる。
読むほどに、忘れてきた「あちらの世界」への悔恨と憧憬が香ばしく広がり、なんだかいつまででもそこに浸っていたくなる。なんで今まで、あんなすばらしい別世界を置き去りにして澄ましていたのか。
思うのだが、オトナは現実の社会に生きるのだからファンタジーなんていらない、などということはゼッタイにない。むしろ、現実にがんじがらめになって窒息死しそうになっている方こそ、たまにはもうひとつの「現実」で息をつくことが大切なのである。それは言い換えれば、リアルな世界や日本の「向こう側」ということだ。
つまり、しゅっちゅうそんなところばかり行っていたら帰れなくなるかもしれないが、たまには「ちょっと向こうへ」行くことも必要、ということだ。本書はそのための水先案内のための一冊として役に立つ。