自治体職員の読書ノート

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【1199冊目】河野稠果『人口学への招待』

人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)

人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)

そういえば昨日、世界の人口が70億人を超えたという発表があった。思いがけなくタイムリーな読書となったようである。

さすがに国連も、リアルタイムに世界の人口をカウントしているわけではないだろうが、あえて月日まで絞って発表に踏み切った背景には、人口問題への注意をあらためて喚起するねらいがあると聞く。

もともと人口問題は、人口増加と食糧などの生活資源の増加の不等性を論じたマルサスの「人口論」によって画期され、「人口学」という学問分野のひとつとして、ヨーロッパを中心に、いろいろな研究がなされてきた。面白いのは、マルサスも含めてつい最近まで、どこの国でも人口問題といえば人口の「増加」のことだったのに、現在は、日本も含めた多くの国で、今や人口減少の影響を論じなければならなくなっていること。一方で、国連の発表にもあるとおり、人口そのものはどんどん増え続けているというややこしい状況にある。増えてもダメ、減ってもダメという、考えてみれば人口とはまことにやっかいな問題だ。

本書は、国連で人口部専門官も務めた著者による人口学の入門書。人口学の現状から基礎理論、さらには応用まで幅広くカバーしており、特に生命表というツールで人口問題を読み解くくだりはなかなか面白い。

興味深い指摘も多い。たとえば、1970年から2000年にかけての日本は生産年齢人口の多い「人口ボーナス時代」であり経済的に有利な状態であったこと(今後は、そのコアの部分がそっくり高齢化し「人口オーナス(負担)の時代」になるそうである)、フランスの手厚い少子化対策の背景には、かつて少子化で若者が少なかった頃、普仏戦争第二次世界大戦で「血気盛んな青壮年人口」において勝るドイツに破れたことへの反省があることなど、まさに人口が経済や社会を動かし、国家の運命すら決する重要なファクターであることがわかる。

また、これもちょっと意外だったのだが、人口が増えていると言われがちな途上国の多くで、実はすでに少子化が進行している(ただしサハラ以南のアフリカだけはいまだに出生率が高い)との指摘。ただ、地球全体としてはいまだに「増加」の方向にあることは、冒頭の国連発表でもわかるとおり。そのアンバランスが、これまた厄介な問題をいろいろと生み出している。

本書にはほかにも、少子化対策の必要性とその方法論など、いわば人口学の「応用面」がいろいろと書かれている。特に、いったん減少に転じた人口を維持・増加することの難しさがよくわかる。やや残念なのは、2007年の刊行のためか、出生率の低下やその前提となる婚姻率の低下と、非正規労働者の増加やいわゆる格差社会、貧困との関係があまり論じられていないこと。むしろ著者のスタンスとしては、ニートフリーターパラサイト・シングルを若者自身の問題と見ているようなフシもある。しかし、思えばリーマンショックや「派遣村」以前はこういう見方が、あたりまえにまかり通っていたのだった。その後わずか数年でここまで社会の認識が変わったことに、むしろ驚くべきなのかもしれない。

個人的には、終章の「人口減少社会は喜ばしいか」が興味深かった。著者はヤミクモな人口減少肯定論には疑問を呈しつつ、一方で中世ヨーロッパにおいてペスト蔓延で人口が激減したことが、人口過剰と貧困の悪循環からの脱出を可能にし、さらに閉鎖的なギルド社会を流動化したことで、その後のルネサンスや技術革新、そして産業革命を準備したという見方を紹介する。つまり、人口の激減は、抜本的な社会変革や経済成長への起爆剤となりうるのである。戦後日本の「高度経済成長」も、やや意味合いは違うが、似たような構造があったのかもしれない。

そして著者は、今後の人口減少に伴い「日本の古いシステム、伝統と既得権のネットワークが、本当の意味で近代化され改革されれば、少子化そして人口減少社会の到来は決して悪いことではない」(p.256)と指摘するのである。ただ、人口の激減と現在のような漸減では社会に与える影響は異なると思われ、そこまで期待できるかは謎。むしろ人口減少をしたたかに逆手にとって、社会変革につなげていく知恵こそが必要なのかもしれない。

いずれにせよ、人口問題なくして少子化対策も経済対策もありえない(国家の浮沈にまでそれが直結してくるのは、先ほど書いたフランスの事例をみてもわかる)。人口学には、今後ますます注目が集まってくるだろう。本書はその絶好の水先案内人として、やや堅苦しいところもあるが、全体としてはなかなかよくできた一冊。というか、この手のきっちりと基本をおさえたオーソドックスな入門書がきわめて少ないことが、むしろ今の日本の問題だと思うのだが……。

人口論 (光文社古典新訳文庫)