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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1066冊目】沢木耕太郎『敗れざる者たち』

敗れざる者たち (文春文庫)

敗れざる者たち (文春文庫)

一見、華やかで栄光に満ちたプロスポーツの世界だが、その裏側にあるのは、ごく一部の「勝者」と、圧倒的多数の「敗者」。しかし、そんな「敗者」とみえる人々の中にも、実は「敗れざる者たち」がいる。本書はそんな人々の姿を鮮やかに切り取った一冊。

一度は東洋チャンプとなったものの、タイトルを奪われてから敗戦続きのボクサー、カシアス内藤。天才・長嶋と同じ三塁手で巨人軍に入団した難波と、長嶋にその座を奪われた土屋。東京オリンピックで三位入賞したものの、痛切な遺書を残し自殺した円谷幸吉。勝ち切れない競走馬イシノヒカルをとりまく馬丁や調教師たち。史上三番目に二千本安打を記録したが、心の均衡を崩し姿を消した「E」……。最終章の輪島だけが、かろうじて「勝者」の側に名を刻み、生き残ることができている。

彼らが「勝者」の側に長くいられなかったことに、たいした理由はない。確かに性格がやさしかったり、生真面目すぎたり、あるいはちょっとした運の悪さはあったかもしれないが、そんなちょっとしたことで簡単に「天国と地獄」の分かれ目をまたいでしまうのは、プロスポーツの世界に限ったことではない。

われわれが目にし、記憶に焼きつけるのは、そこで長く第一線に残るほんの一部の人々だけ。しかし、著者はあえて「その他大勢」の敗者たちに目をつけ、まるで砂の中からわずかな砂金をすくいとるように、その中から「まだ敗れていない」人々に光を当てて見せた。彼らのドラマは「勝者」たちのように華々しくはないが、それよりはるかに深く、痛切で、印象深い。そこには人間の業、あるいは人生の業とでもいうべき宿命的な何かが漂っている。

そしてそれは、われわれの多くが実人生で味わうことになる業でもあるのだろう。「勝ち組」「負け組」なんてイヤな言葉がはやったが、そのデンで行けば、われわれの多くは残念ながら「負け組」入りすることがほぼ決まっている。

ここで描かれた「敗れざる者たち」は、われわれ自身の明日の姿、あるいは現在の姿なのかもしれないのだ。本書で描かれた人々の悲哀と痛切は、まったくもって他人事ではないのである。若き日の沢木耕太郎の彼らを見る目もまた、どこか切実で、食いつくようなエネルギーを感じさせる。熱い、そして陰影の深い一冊。