自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【942冊目】岡潔『情緒と創造』

情緒と創造

情緒と創造

仏教や脳科学を参照しつつ展開される、確固として変幻自在の教育論。

数学はチンプンカンプンだが、著者が日本を代表する数学者であることくらいは知っている。この間読んだ小林秀雄との対談では、ありとあらゆるテーマを自在に巡って鋭い発言を残していた。本書はその岡潔による、教育論を中心としたエッセイ集。

ここで展開されている教育論が正しいかどうかは、正直よくわからない。というか、実際に父親をやっている身としては、絶対的に「正しい」教育論は存在しないと思っているので、本書の内容もそのまま信奉するつもりはない。しかし、教育論というのはその人の人間観や世界観が土台となっていることが多く、極端に言ってしまえば人間観を世界観に調和させようとするところに教育論が出てくるように思う。その意味で、本書は教育を通して岡潔という人間の人間観と世界観に触れられるところに醍醐味がある。

冒頭、そもそも大自然が人を育てる働きをもっているのであって、人はそれを手助けするにすぎない、と著者は言う。そのためには、発達の段階と脳の発展段階をよく知り、それに対応した教育を施すこと。無理やりカタにはめたりいたずらに早期教育に走るのは、本来の教育ではないのである。

その点で著者が危惧するのは、受験競争を周囲が煽ることにより、若い親が発達段階を無視した詰め込みや早期教育に走ること。もちろんある程度の詰め込みも必要だが、その時期は小学校の1、2年生で、方法としては素読と漢字学習が良いという。その時期の子どもは記憶力にすぐれ、その頃に暗記したことは一生忘れないからだそうだ。そのため漢字などは6年とか9年かけてちょっとずつ教えるよりも、この時期に一気に集中して覚えさせてしまったほうがよいと説く。それより大切なことは、利己的な衝動や欲求の働きを徹底的に抑えること。仏教でいう「邪知」を抑制することである。その上で、一定の「分別知」を働かせる。しかしもっとも重要なのは、人間が本来もっているはずの「真知」を導き育て、それを人間形成の核にしていくことだそうだ。著者の人間観には仏教的な感覚が強くあることが、こうした教育論から見受けられる。

ほかにもいろいろあるが、中で面白いと思ったのは、やはり十八番の数学に関する話。小学1年生に数学(算数)を教えるにはどうするか、という話であるが、これがなかなか含蓄があって深いのだ。

大事なことは2つ。まずは「小学1年生の正しい数学教育を言葉で言い表すこと」だという。それは何かというと、「計算問題であると応用問題であるとを問わず、正しい答えはわかっていないが、必ず一つあって、ただ一つに限ることを確信させ、これに対して関心を集めさせ、その関心を答えがハッキリ出るまで持続させること」。当たり前とも思える内容だが、これはおそらく、数学に対する「心の向かい方」を明確化しておくということなのだ。分かりきっているようで、なかなか言えることではない。

もう一つは「受」が非常に大事、ということ。ここでいう「受」とは「外界の刺激を『情』で受けること」。または「受とは澄みきった大空に水蒸気が上って空の色はいっそう深みを増すようなもの」だという。分かったようなわからないような感じだが、つまりは心でその内容を受け止め、情緒と想像力でもってその問題を心の中にすとんと落とし込む、ということだろうか。いずれにせよ、急いでどんどん問題を解かせることが重要ではないのだ。それより発見の喜びにしっかりとひたれることがたいせつなのだという。こういう先生に出会っていたら、少しは数学が好きになっていただろうか。