自治体職員の読書ノート

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【860冊目】佐々木幹郎『やわらかく、壊れる』

やわらかく、壊れる―都市の滅び方について

やわらかく、壊れる―都市の滅び方について

サブタイトルは『都市の滅び方について』。なんともブッソウというか、意味深な副題であるが、内容は東京の下町、臨海副都心、さらには解体される中野刑務所に取材し、震災直後の神戸を訪れ、さらには油で汚染されたアラビア湾で「油掬い」のボランティアに赴くなかでつづられる、折々の思いと、都市に対する評論。さまざまな雑誌に掲載されたものを一冊にまとめたものらしく、いくつか重複するネタがある。

下町と臨海部を抱える自治体の職員としては、やはり気になるのが本書前半の下町論。深川、両国、浅草などというと、いずれも古くからある固定された街並みを思い浮かべてしまうが、実はこのあたりの下町は、常に外部からの余所者を受け入れつつ、ゆるやかな共同体を形成してきたところに本領がある。そのため、地縁をたいせつにしながらも、一人ひとりの個性を尊重し、おせっかい焼きに見えるが、きちんと人間関係に一線を引いている小気味よさがある。その中で地域を結び付けてきたのが「祭り」であった。「1年のうち半分は祭りの準備をしているように見える」という著者の実感はおそらく真実を突いている。祭りのなかで、地域は新たな住民にしきたりを押し付けたりよそ者扱いをして疎外するのではなく、自然な形で町内に溶け込ませ、地域の絆の中に自ら入っていける機縁をつくっているように感じる。

それに関連して言えば、このあたりは「無縁者」が集まってくる地域でもあった。NHKの「無縁社会」という番組に大きな反響があったらしいが、このあたりはもともと「無縁社会」を地域の中で包摂し、受容してきた歴史と、懐の深さがあった。両国の回向院が、今でも無縁仏を弔う「日本一の無縁寺」(回向院ホームページ)であることも、無関係ではない。都市とはもともと、そうした「無縁者」を独自の知恵をもって受け入れてきた場所ではなかったか。

他にも下町がらみで目からウロコの記述が満載なのだが、それだけで一杯一杯になってしまいそうなので他の部分についても触れると、面白いのは東京中野の「東洋一の監獄」中野刑務所の解体風景を追うエッセイだ。解体途中の刑務所を写した珍しい写真とともに語られるこの監獄の歴史は実に興味深い。27歳でこの監獄の設計を任された後藤慶二の卓越したセンスと斬新なデザイン。収監された大杉栄中野重治林房雄らが懐かしむように称えたヨーロッパ風の「十字舎房」(反骨のカタマリのようなこの連中に評価される監獄というのも凄い)。網走刑務所を見たいとは思わないが、この監獄は一度見ておきたかった。

印象的なタイトルについても触れておくと、これは阪神淡路大震災について書かれた一連のエッセイの「結論」。どんな地震がきても絶対に壊れない建物などはありえない。ならば「壊れない」という非現実的な目標を掲げるよりも、むしろ壊れることを前提に「やわらかく壊れる」こと。内部の人間や周辺に及ぼす被害をいかに最小限に食い止めつつ、、滅びることができるか、ということ。そしてそのことは、個々の建物だけではなく、都市設計にも求められる発想だという。フラジリティの都市思想というべきか。身も蓋もない現実主義に見えて、奇妙に心のシンに迫ってくる説得力がある。