自治体職員の読書ノート

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【847冊目】ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

アウレリャノ・ブエンディア、ホセ・アルカディオとその妻レベーカ、アマランタはホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラ・イグアランの子。レメディオスはアウレリャノ・ブエンディアの妻だが、アウレリャノ・ホセはアウレリャノ・ブエンディアとピラル・テルネラの子。アルカディオはホセ・アルカディオとピラル・テルネラの子。ホセ・アルカディオ・セグンド、アウレリャノ・セグンド、レメディオスはアルカディオとサンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダの子。ホセ・アルカディオ、レナータ・レメディオス、アマランタ・ウルスラはアウレリャノ・セグンドとフェルナンダの子。アウレリャノ・バビロニアはレナータ・レメディオスとマウリシオ・バビロニアの子。アウレリャノはアウレリャノ・バビロニアとアマランタ・ウルスラの子。

本書の「主役」であるブエンディア家の一族を、聖書の冒頭ふうにまとめると、このようになるだろうか。見ての通り、繰り返し同じ名前が登場する。個人としての人間より、まるで一族の一員であることを刻みつけることのほうが、重要であるかのように。世代をひとつ越えるとともに、同じ名前が反復してあらわれ、そのたびに読み手は、その人のうちにブエンディア一族の「血」を、同じ名前をもつ父や祖父の姿を、その一人のうちに重ね合わせて読むことになる。そのようにして、本書はブエンディアという一族の歴史を、単線的な時の流れとしてではなく、幾重にも重なり合う血脈の流れとして描きだす。

だからといって彼らが没個性的というわけではない。むしろその一人ひとりの強烈な個性とエゴの強さには、日本とはどこか根本的に異なる南米という場所の「力」を感じさせられる。特に個人的に強烈だったのは、地母神のごとく一族に君臨するウルスラだ。夫ホセ・アルカディオ・ブエンディアがマコンドを築いてそこの族長となった若き日から、100歳を超えてなおマコンドを見守る姿まで、例えその場面に登場していなくとも、その存在感が重低音のように物語の底に残響している。そしてウルスラが世を去ると、たちまちマコンドは崩壊し、ジャングルに呑み込まれていくのである。その存在はまさにマコンドそのもの、したがって、この物語そのものを抱擁しているように思う。

個性的で強烈なのは、人だけではない。4年以上にわたり降り続く雨、息苦しいほど濃密なジャングルの気配、軍事革命とクーデタが入り乱れる不安定な政情、音を立てて家を蝕む赤蟻の群れ……。そこにあるものすべてが、とにかく濃く、強烈で、忘れがたい。そしてそこでは、死者の姿が見え、魔術や占いが幅をきかせ、幻想と現実が当たり前のように交錯する。

とてつもない物語。とてつもない小説。このようなものが一冊の本として成立すること自体が、ひとつの奇跡に思える。誰か一人の人を主人公とするのではなく、単に年代記を綴るのでもなく、ただひたすらマコンドという「場所」の発生から崩壊までを描き切る。南米のジャングルに屹立する、蔓がびっしり巻きつき、たくさんの極彩色の鳥や虫がうごめく巨木のような一冊である。