自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【840冊目】村上兵衛『国破レテ』

どこからどこまでを扱うかは本によって違うが、日本が太平洋戦争/大東亜戦争に突入し、さらには敗戦にまで至るいきさつを記した本は、今ならかなりいろいろな種類が出ている。内容のレベルのばらつきはあるものの、目配りが広く、考察が深く、要するに「よくできた」本も少なくない。しかし、以前はこうではなかったらしい。「日本が全部悪い」という大雑把で全面降伏的な本が巷に溢れ、両方の立場から冷静な記述を行ったものはほとんどなかったという。著者がこの本を書こうと思ったのは、このような現状を憂え、正面からあの戦争と時代に直面しようと思ったゆえであった。

実は本書、元々英文で書かれ、海外向けに刊行された。「Japan:the Years of Trial」というタイトルでその本が登場したのは1982年。海外では賛否両論はあったものの、それなりに評判にもなり、売れもしたらしい。それによって、「あの戦争」をめぐる日本の立場と事情を、ある程度海外に伝えることもできた。しかし、では日本人はどうか。上にも書いたように、戦後の日本では「連合国の視点から、あるいはソ連ないし新中国という”正義の視点”から歴史と人間を断裁する」風潮が強く、当時の状況を正確に理解しているとはいいがたい状態だった。そこで著者は、今度は日本語で本書を書き、刊行したのだった。1983年のことであった。

本書はいたずらに「日本人の誇り」を連呼する類の本ではない。むしろ評価すべきところは評価しつつ、批判すべきところは的確に批判し、とりわけ日本軍の作戦内容の低劣さ、現場の意見を容れない硬直したトップダウンといった側面に対しては厳しく指弾する(おそらく著者自身の軍隊経験を踏まえてのものと思われ、非常に説得力があった)。淡々と事実を記述しつつ、時にあふれ出る熱情が言葉をおどらせる。そのあたりのバランスは、今見ても大変すぐれており、amazonの紹介文にもあったとおり「抑制した筆致に籠る熱情により昭和史見直しの先駆けとなった一冊」と言われるのもうなずける。

快進撃が一転して敗走に次ぐ敗走となる戦争のドラマも捨てがたいが、やはりそこに至るまでの、日本の置かれた状況の困難さ、軍部の暴走を抑えつつ、今の普天間基地問題のおそらく数倍難しい外交案件を次々と処理していかなければならない政府の苦悩、それらがことごとく水泡に帰し、戦争という一本道が浮かび上がってくるあたりの描写が読みどころであり、あの戦争を理解するカギでもある。そしてまた、誰が何と言おうと、アジア一帯に対する西欧諸国の植民地支配が打破されるキッカケとなったのは、あの戦争なのである。それをもって日本の行為が正当化されるべきでないのはもちろんだが、世界史の大きな流れをつかむ上で、植民地解放と太平洋戦争はやはり一体のものとして考える必要があるだろう。いずれにせよ、あの戦争については、まだまだ考えなければならないこと、知らなければならないことが多すぎる。