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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【572冊目】万城目学「鴨川ホルモー」【573冊目】万城目学「鹿男あをによし」【574冊目】万城目学「プリンセス・トヨトミ」

鴨川ホルモー (角川文庫)

鴨川ホルモー (角川文庫)

鹿男あをによし

鹿男あをによし

プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

関西圏にはあまり縁がない。修学旅行は中学も高校も京都・奈良・大阪だったが、それ以外ではほとんど行ったことすらない。ましてや住んだこともない。だから、この3冊で書かれている京都(鴨川ホルモー)、奈良(鹿男あをによし)、大阪(プリンセス・トヨトミ)の様子は、それほど、というか全然身近なものではない。

なのに、この3冊はどれも妙に懐かしい。「鴨川ホルモー」はバカばかりやっていた大学時代の頃を思い出し、「鹿男」では高校生の頃を、「プリンセス」では、大阪の下町の描写に、近所の商店街の様子が重なった。いや、この3作から共通して感じたのは、そういう具体的な懐かしさというよりは、漠然とした郷愁のようなもの、といったほうが正確かもしれない。

しゃべる鹿や「オニ」を含めて、珍妙きわまりない発想の底に、じんわりとしたノスタルジアが流れている。それは「昭和30年代」とはまた違った、我々の世代のノスタルジアなのか(著者と私は2歳差)。それとも日本人なら誰でも感じる、全世代共通のものなのか。ちなみにこうした懐かしさを感じた度合いは、処女作の「鴨川ホルモー」が一番強く、「鹿男」「プリンセス」と、後に書かれた作品ほど弱かった。なぜだろう。

さて、この3作のうち、「鴨川ホルモー」と「鹿男あをによし」はほとんど同じ「型」で書かれている。学校対抗の競技。その裏に隠された秘密。不思議で非現実的な要素。さらには、一見パッとしないが破天荒な強さの女の子がいて、その力でチームが勝利するところまでそっくりだ。不思議さの力点が「鴨川」ではホルモーという競技そのものに置かれていたのに対し、「鹿男」では競技自体は普通の剣道で、それ以前の部分に置かれていたことを除けば、おいおい、と言いたくなるくらい似通っている。

こうした「型」を持てることはひとつの強みである。しかし、それだけでは早晩、行き詰まるだろう。そう心配して3冊目の「プリンセス・トヨトミ」を読み、驚いた。これはまた、全然違う型が使われている。地域の歴史や伝統をからめて現代の若者を描くというベースは生きているが、著者はそれを「大阪市空堀中学校」というひとつのパートに押し込め、もう一方に「会計検査院」という、全然違うパートをぶつけてみせた。そして、東京からやってきた会計検査院の3人と、大阪の中学生やその周囲の大人たちの動きを交互に描きつつ、徐々にそれがひとつのクライマックスに収束するように仕組んだのだ。村上春樹の「海辺のカフカ」を思い出した。(「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」もそうだったか)。

このやり方を取ったことで、新しい緊張感が物語に生まれた。「鴨川」「鹿男」も面白いが、やや一本調子な面はあった。しかし、「プリンセス」は2重らせんのような構造を取ることで、物語を立体化し、奥行きを与え、謎を出したり引っ込めたりするためのフリーハンドを作者に与えた。ちなみにこの作品、登場人物の名前も凝っている。「真田」「橋場(羽柴)」「蜂須賀」そして「松平」……。

いずれにせよ、この人の作風、一見真似できそうでできない独自のものがある。京都、奈良、大阪と来て、次にどんな作品が出てくるのか(神戸、かな?)。期待して待ちたい。