【2376冊目】NHKスペシャル取材班『老後破産』

 

老後破産: ―長寿という悪夢― (新潮文庫)

老後破産: ―長寿という悪夢― (新潮文庫)

 

 

サブタイトル「長寿という悪夢」が、本書の内容を一言で言い表している。まっとうに人生を送り、仕事をしてきた多くの高齢者が、乏しい年金だけでかつかつの暮らしを送っている。食費は1日100円、夜は電気代節約のため真っ暗な部屋でラジオを聴き、自己負担分が払えないため病院にも行けない。そんな高齢者が急増している。

葬式代のためと取ってあるお金や、長く暮らした家があるために、生活保護も受けられない。いや、正確には受けられる可能性はあるのだが、持ち家があれば受けられないと思い込んだり、預金が減ってから申請に行って受けられなかったら、という不安で、申請に踏み切れない。

社会の構造的な問題に加え、すでにあるセーフティネットを知らず、あるいはそこに頼りたがらないがために、貧困に陥っている高齢者も多い。それを無知、自業自得と嗤うことはたやすい。だが、高齢者が複雑な制度を理解して使いこなすのは簡単なことではない。

支援が必要な高齢者を家族が囲い込んでいるケースも多い。無職や低収入の子が年金目当てに親と同居し、自己負担をケチって必要なサービスや医療を受けさせない。その背景には、非正規雇用の増大という、今の日本が抱えるもうひとつの病理がある。事情はどうあれこの国は、高齢者に「早く死んでしまいたい」と言わせてしまう国なのだ。

【2375冊目】陳浩基『ディオゲネス変奏曲』

 

ディオゲネス変奏曲 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ディオゲネス変奏曲 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

ものすごい短篇集だった。本格推理、クライムノベル、ホラー、SF、ショートショートと多彩な作品が収められているのだが、どれもたいへんな傑作揃い。少し古い例えになるが、最盛期の小松左京星新一筒井康隆のクオリティに近いのではないか。

いくつかピックアップする。冒頭の「藍を見つめる藍」はラストのひっくり返し方が鮮やかなクライムノベルで、パトリシア・ハイスミスあたりを思わせる。思わず最初から読み返してしまった。「頭頂」は高度なアイロニーを含んだホラーで、現代の日本でこそ書かれるべき作品であろう。「時は金なり」は、時間とお金を文字通り交換できるようになった未来社会におけるSF寓話。時間をめぐる寓話としてはエンデの『モモ』に近いが、込められたアイロニー星新一ショートショート、あるいはいっそ『ドラえもん』あたりに出てきそう。いろいろと考えさせられる一篇で、個人的には本書の中のベストかもしれない。

「珈琲と煙草」は、コーヒーがドラッグのように禁じられた社会を描くという着想が傑作だ。筒井康隆に似たようなのがあったような。「悪魔団殺(怪)人事件」は、なんとヒーローと戦う悪の組織が舞台の傑作バカミス。でもきっちりミステリー仕立てになっているのが素晴らしい。「見えないX」は、大雨で閉ざされた教室で展開される「犯人捜し」というきわめて図式的な本格推理モノで、綾辻行人から『名探偵コナン』まで日本の推理モノへのオマージュがちりばめられているが、個人的には岡嶋二人の某密室推理モノを思い出した。

著者の陳浩基は1975年生まれだが、その才気煥発ぶりは見事としかいいようがない。追いかけたい作家がまた一人増えてしまった。

【2374冊目】ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』

 

 

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

この表紙を見ただけで湧き上がるある種の期待は、おそらく読後、良い意味で裏切られる。もちろんメカ大暴れ、ガジェット満載の作品なのだが、それだけにはとどまらない。これはディックの『高い城の男』の正統な後継者、堂々たる歴史改変SFなのである。

舞台は「第二次世界大戦で日本が勝利した」もうひとつの1988年。日本統治下のアメリカでは天皇が絶対的な神であり、「反体制的な」思想の持ち主は「特高」や「憲兵」によって取り締まられる。つまり戦時中の日本の状態が、そのまま継続しているのだ。しかし科学技術は実際の1988年よりおそらく進んでおり、「電卓」と呼ばれる高機能のコンピュータや巨大ロボット兵器「メカ」、腕に取り付ける「ガンアーム」まで存在する。

著者は相当な日本オタクらしく、随所に挟まれる日本ネタが読んでいて楽しい。一方、天皇を絶対視した恐怖政治は、実際に戦時中に行われていただけに異様なリアリティがある。ポップでクールな感覚と、集団同調的で抑圧的なメンタリティ。日本人や日本社会のもつ二重性を、著者は実に巧みに小説の中で展開している。自分に自信のないネトウヨ系の狭量な「日本人」の方々は、たぶんこの本を楽しむことはできないと思うが、それ以外の方は、騙されたと思って読んでみてほしい。まっとうなバランス感覚とユーモアセンスがあれば、予想の斜め上を行く満足が得られるコト請け合いだ。

 

 

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

 

 

【2373冊目】村上春樹・柴田元幸『本当の翻訳の話をしよう』

 

本当の翻訳の話をしよう

本当の翻訳の話をしよう

 

 

翻訳の名手2人による対談7本と、柴田元幸の講演1本が収められている。タイトルの元ネタはティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』か。銃弾こそ飛び交わないが、翻訳の現場という「戦場」からの迫真のリポートだ。

お二人のフィールドである英米文学を中心に、翻訳の裏話からイチオシの作家紹介まで話題があっちこっち飛ぶが、その中で時々、ふとした指摘が光っている。読みながら付箋を貼ったのは、たとえばこんなところ。

 

村上「上手い人は、描写を描き込んでるのに話が止まらない」
柴田「イギリスの小説が描写で読ませるとすれば、アメリカの小説は声で読ませるんだと思う」(p.27)

 

 

 →この指摘はさらっと書いてあるが、けっこう大事。夏目漱石丸谷才一はイギリスの系譜らしいが、だったらアメリカ的な「声で読ませる」作家は誰だろうか。中上健次? 町田康? 伊藤日呂美? あるいはいっそ、石牟礼道子あたりだろうか(アメリカ式というより、むしろ日本の地謡みたいなものかもしれないが)。

 

柴田(ジョン・チーヴァーの小説について)「だいたいが暗い終わり方をするのに、またかと思わないのが不思議です。センチメンタルな言い方をすると、いつもどこか優しい目があるというか」
村上「僕は、大事なのは礼儀じゃないかと思う。チーヴァーの小説に出てくる登場人物の多くは、礼儀をわきまえている。どの小説でも基本的な礼儀正しさを感じるんです」(p.175)

 

→これはまさに村上春樹の小説そのもの(暗い終わり方、かどうかはともかく)。ちなみにジョン・チーヴァーは、本書を読んで初めて知り、読んでみたくなった作家のひとり。

 

村上「なんにせよ「これは私にしかできない」という個性的なシステムを自分の中にこしらえてしまうこと、それが何より大事です。言い換えれば、どこにでもあるような小説を書かないこと。たとえ上手くなくてもいいから、自分にしか書けない物語を創り出すこと。ペイリーやカーヴァ―がやってきたのも、まさにそれなのです」(p.202)

 

 

→さらっと書かれているが、これは村上春樹の秘伝であり、ホンモノの小説を書くための奥義である。まあ、こんなことを明かされても、できる人は最初からできるし、できない人はゼッタイできないのだが。

 

ちなみに最終章「翻訳教室」では、なんとチャンドラーやフィッツジェラルドらの小説の名場面を二人が「共訳」するという超豪華な内容。原文と2人の翻訳を見比べると、それぞれの名人芸がさりげなく仕込まれていて唸らされる。同じ英文をもとにしても、これほど訳文が違うことにもびっくりするが、そこにそれぞれの独特の「味」が沁みだしていることにも感嘆させられた。

 

いやあ、翻訳って、小説って、おもしろい。

 

 

本当の戦争の話をしよう (文春文庫)

本当の戦争の話をしよう (文春文庫)

 

 

 

巨大なラジオ / 泳ぐ人

巨大なラジオ / 泳ぐ人

 

 

 

【2372冊目】アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム『ボックス21』

 

ボックス21 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ボックス21 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

インスタグラムからの転載。

グレーンス警部ものの第2作。リトアニアから連れてこられ、売春を強いられる女性をめぐる、なんとも救いのない物語だ。ポン引きからひどい暴行を受けて入院したリディアは、なんと医者と患者を人質に病院に立てこもり、ある要求をするのだが、、、

容赦のないリアリズム。吹きさらしの圧倒的な現実にさらされ、読者は言葉を失う。悪はいつまでもこの世にのさばり、弱い者が犠牲になる。求めた救いは得られたのか。いつまでこんなことが続くのか。謎がすべて解けても、この問いが答えられることはない。なんともやるせなく、重い重い一冊だ。