「ハーフの子を産みたい方に。」のおぞましさ

3年前のポスターだというから、まあ今さらと言えば今さらの騒ぎなのだが、こういう炎上の仕方がなんとも今の時代らしい。

 

www.sponichi.co.jp

気持ち悪いとか意味わかんないとかいろいろ言われているようだが、戦後の「パンパン」とか「混血児」の話がここで出てこないところが、まあ時代の変化ということなのかもしれない(ちなみに、いずれも差別語ではありますが、ここではわかってて文脈上使っています。念のため)。でも、それでいいんだろうか、日本人。

 

「ハーフ」といえば大坂なおみ、という今の世の中、そこに痛ましさやせつなさを感じる人も少なくなったのだろうが、かつては「ハーフ」でダイレクトに連想されたのは、戦後の混乱期に貧窮のあまり売春で生計を立てざるを得なかった日本人女性(いわゆる「パンパン」)と、米軍兵士の間に生まれた子どものことだったはず。彼女たちの中には、それこそ和服を着て街頭に立った人もいるだろう。それ以外にも、恋愛の末ならまだしも、レイプされてハーフの子を産んだ女性だって当時はざらにいたのである。そのことを少なくとも「知って」いれば、こんなポスター、作れるはずがない。

 

そういうことを都合よく忘れてしまう日本人の国民性は嫌いではないのだが、戦災孤児原爆症も含め、あの戦争のもたらした「痛み」を、私たちはどこかで持ち続ける必要があるんじゃないかと思うのだ。いちいちこの手の話をドイツと比較するのは嫌なのだが、あえて言えばあのポスターがもつ醜悪さは、例えて言えばドイツやイスラエル強制収容所を茶化したポスターを作るようなものだろう。

 

ちなみに、そんな「混血児」たちを支援するため私財をなげうった女性がいることも、ついでに知っておいてほしい。彼女の名は澤田美喜。かの岩崎弥太郎の孫であり、「エリザベス・サンダース・ホーム」を建てて混血孤児2000人を育てた人物だ。個人的な印象を言えば、岩崎弥太郎の百倍エライ人物だと思っている。

 

澤田美喜―黒い肌と白い心 (人間の記録)

澤田美喜―黒い肌と白い心 (人間の記録)

 

 

 

 

 

 

【2338冊目】久世光彦『怖い絵』

 

怖い絵 (文春文庫)

怖い絵 (文春文庫)

 

 

「怖い絵」といっても中野京子ではありません。著者はそれよりもずっと先達、ドラマ「寺内貫太郎一家」を手がけたことで有名な演出家であり、『一九三四年冬ー乱歩』で山本周五郎賞を取った作家です。

とはいっても、「怖い絵」に注目するマインドは、どこか中野京子に似通って、というか、それをさらに突き抜けています。著者はこんなふうに書いています。

「絵というものは、たいてい怖い。人物だろうと風景だろうと、イメージだろうと、あるいは、その全貌にしろ細部にしろ、絶え間なく動き、時の中で変わっていく物や事象を瞬間切り取ろうとするとき、その画家に怖れがないわけがない。その怖れや畏れが深ければ深いほど、見る者によってその作品は「怖い絵」となる」(p.187)

 


本書はそんな「怖い絵」とともにあった著者自身の若き日々を描いた短編集(少なくとも、そういう体裁になっている)。登場する絵はビアズリーやモローの「サロメ」のような「わかりやすく怖い」絵もあれば、クノップフブリュージュを描いた一枚のような、どこが怖いというわけではないが奇妙に忘れがたい作品も。

ちなみに表紙のロウソクを描いたのは高島野十郎という画家で、この人は生涯にわたってロウソクを描き続けたそうです。そう聞いてからこの絵を見ると、やはりこれも無意識にじわりと染み込むような怖さがありはしないでしょうか。

【2335~2337冊目】『シリーズ貧困を考える1 世界の貧困・日本の貧困』『シリーズ貧困を考える2 昔の貧困・今の貧困』『シリーズ貧困を考える3 子どもの貧困・大人の貧困』

 

 

 

 

 

 

たいへん力の入った本である。子どもに対して「貧困」を真正面から語るというのはなかなか覚悟のいることだと思うのだが、本書はそこをしっかり正面突破した。限られた紙幅であり、子ども向けなので難しい言葉も使えないが、本書はむしろそれを利点として、大人が読んでも発見のある充実したクオリティに仕上げている。

世界の貧困と日本の貧困が、つねに対比的に取り上られている。並べてみるとどうしても「日本の貧困」なんてたいしたことのないように見えてしまうのだが、本書は冒頭で「絶対的貧困相対的貧困」について説明し、日本の貧困問題が外からは見えづらいこと、そこには生活保護という制度が寄与していること、そうであっても貧困の問題は日本でも深刻であることを、順を追って丁寧に説明しているのに加え、各パートの文章でもしっかりフォローされている。むしろ読む側は、日本の貧困が海外の貧困と相似形であることに気づかされるのだ。

教育格差が生む貧困の連鎖の問題、貧困がいじめや不登校につながることが多いことも書かれているが、ここは子どもたちにとって身近でありながら、実はもっとも触れるのが難しいポイントだろう。やはりここでも、本書の「逃げない」姿勢は際立っている。

コメントが欲しかったのが、ひとり親世帯の貧困率を比較した表(シリーズ3 6ページ)。OECD加盟国の中で、日本だけがなぜか「仕事のあるひとり親のほうが、仕事のないひとり親より貧困率が高い」のだ(仕事ありが56.0%、仕事なしが47.4%)。他にこんな国はないし、これはきわめて異常なことである。その理由はおそらく、ひとり親の多くが非正規雇用労働者であって賃金が低いこと、にもかかわらず生活保護などの制度を使っていない(使えないか、使えることを知らない)ことなのではないかと思うのだが。

とはいえ、気になったのはこの点くらい。他の点はたいへん充実していて、文句のつけようがない。貧困問題の入門書として、大人にも読んでほしいシリーズだ。

【2334冊目】伊谷純一郎『高崎山のサル』

 

高崎山のサル〔C29 講談社文庫 260〕(1973年)
 

 

インスタグラムからの転載。古書で買ったので講談社文庫だが、今は学術文庫のほうで出ている模様。

日本サル学の道を開いたと言っても過言ではない一冊だ。のちに日本の霊長類研究の第一人者となる伊谷純一郎が、若き日々に没頭したフィールドワークの成果である。

こう書くと、ずいぶん堅苦しい本を想像するかもしれないが、実はこの本、ノンフィクションとして抜群に面白い。サルの群れを追って一日じゅう山の中を歩き回り、あるいは観察のため何時間も一箇所にとどまり、聞こえてくる唸り声やほえ声からサルの「言葉」を分析し、時にはサルの群れの真ん中に飛び込んでいく。とにかくものすごいバイタリティなのである。

身一つ、という姿勢が印象的だ。「あとがき」では、電波の発信機をとりつけてアフリカのサルを追うという研究方法を手厳しく批判する。

「私は体質的に、真空管と銅線を複雑にはんだでくっつけた、人間の頭脳の傀儡であるかのごとき機械を好まない。それがアフリカの自然の中に存在することは違和であり、野外研究者の人間喪失を象徴するものとしてしか私にはうつらない。アフリカにおいて、自然との接触は直接であるほどよく、荷物は軽いほどがよい。素直に目で見、心で感じ、そしてあの広大な大地を何よりも信頼のおける自分の足という輸送機関で、肩で風を切って歩くことができないのなら、私はアフリカに行くことをとっくに止めていただろう」(p.306)

 

著者のことを書くあまり、肝心の、高崎山のサルの生態に関する面白い発見に触れられなかったが、これもまためっぽう面白いので、機会があればぜひご一読を。ポイントは、サルの群れにおける秩序とヒエラルキーを鮮やかに描き出したこと、「馬のり」(今で言うマウンティング)という一見奇妙な行動が、この階層構造を形成、維持するための絶妙の仕掛けになっていること。子ザルの「遊び」に注目したところも興味深い。

それにしても、サル学はなぜこんなに「気になる」のだろう。サルたちの集団に、どこか人間社会の原型が垣間見えるからだろうか。それとも、人間社会が失ってしまったなにかを、彼らがいまだに持ち続けているからだろうか。

【2333冊目】ドン・ウィンズロウ『フランキー・マシーンの冬』

 

フランキー・マシーンの冬 上 (角川文庫)

フランキー・マシーンの冬 上 (角川文庫)

 

 

 

フランキー・マシーンの冬 下 (角川文庫)

フランキー・マシーンの冬 下 (角川文庫)

 

 

かつての伝説の殺し屋も、今は地元の皆に好かれる釣り餌店の店主。しかし、年老いたフランキーを始末しようとした奴がいる。一体それは誰なのか。フランキーは自分を追ってくる連中を罠に嵌めつつ、波乱万丈の過去をひとつひとつ点検していく……。

ドン・ウィンズロウは初読。『犬の力』も気になるが、初老の元殺し屋が主人公という設定に惹かれてコチラを先に手に取った。期待にたがわず面白かった。元殺し屋フランキーの、老いたりといえパワフルで狡猾、しかもウィットに富んだキャラクターが魅力的。フランキーの過去を彩るマフィアの面々も強烈で忘れがたい。そして、一見冗長に思える過去のエピソードが現在と鮮やかにつながった瞬間、それまでの多くのエピソードが重層的に、立体的に立ち上がってくる。

「生活の質」を大事にするフランキーの生きざまは、まるで元殺し屋とは思えないが、それだけになぜフランキーが生き残ってきたのか分かる気がする。毎日のルーティンは、そこから「外れた」存在を大きく浮かび上がらせる。大きな望みをもたない暮らしは、欲にかられた無謀な挑戦から人を遠ざける。それこそがフランキーの強みなのである。