自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【本以外】遅まきながら、自閉症啓発によせて

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だいぶ日が経ってしまったが、4月2日は自閉症啓発デー、4月8日までが発達障害啓発週間。「月間」というのは、この記事で初めて知った。

 

知ったと言えば、ジョン・トラボルタの息子さんは自閉症だったんですね。しかも16歳で亡くなっているとのこと。合掌。

 

自閉症を知るために観ておくべき映画といえば、やっぱりコレでしょう。ダスティン・ホフマンの演技が圧巻。

 

 

 

自閉症に限らず、ということならいろいろあるが、個人的なイチオシはこれ。

 

 本作で自閉症の少年を演じるのはディカプリオ。歴代ディカプリオ作品の中で、実は演技ベストワンはこれだと思う。しかも兄ギルバート役はジョニー・デップ! 実は知られざる「夢の競演」映画でもあるのだ。

 

本もいろいろ良いものがある。中でも当事者の発信が増えてきたのがうれしい。まずはこれ。

 

 

自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)

自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)

 

 

海外ではこの人が有名。プロの研究者でもある。

 

自閉症の脳を読み解く どのように考え、感じているのか

自閉症の脳を読み解く どのように考え、感じているのか

 

こちらも読んだことのある人は多いだろう。

 

自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

 

 

内側から見て、はじめて見えてくるものがある。自閉症に限ったことではないが、感覚過敏など外から見えづらい特性は、やはり当事者の発信があってはじめて広く知られるようになった。発信すること、耳を傾けることの重要性は、いくら強調しても足りない。

 

 

 

 

 

 

【2322冊目】斉藤章佳『万引き依存症』

 

万引き依存症

万引き依存症

 

 

著者は、通院治療で「万引き依存症」の治癒を目指すクリニックに所属するソーシャルワーカー。本書はその膨大な経験に基づき、「万引き依存症」の現状と、回復の可能性をまとめた一冊だ。

言うまでもなく万引きは犯罪である。だが、同時に「依存症」という精神疾患の側面も持っているのが、常習的な万引きの難しいところだ。ちなみに薬物、痴漢などの性犯罪等も、同様に犯罪であると同時に依存症、という二重性をもっている。

犯罪という面だけに着目すれば、刑罰を与える、刑務所に入れるというのが解決策、ということになるのだろう。だが「依存症」だとすれば、刑務所に入れたところで改善はしない。本書によれば、万引き依存症者は万引き行為を引き起こす「トリガー」をそれぞれ持っている。それはスーパーやコンビニといった「場」であることもあるし、夫のギャンブルや夫婦喧嘩などの「家族関係」、あるいは職場のストレスなどであることもある。

いずれにせよ、刑務所内ではそうしたトリガーとなるものがないため万引き行為は起こらないが、釈放されて社会に戻ってくれば、再び多くのトリガーに囲まれた生活を送ることになるから、再犯は時間の問題、ということになる。したがって、万引き依存症には「刑罰」のみならず「治療」が必要なのである。

とはいえ、万引きに限らず、依存症は完全に「治る」ことはない。彼らは「盗まない日」を一日また一日と重ねつつ、生涯これと付き合っていくしかないという。そういえば、アルコール依存症の本で依存症患者を「スルメ」にたとえ、どんなに治療したってスルメが生のイカに戻ることはない、と書いてあったものがあったが、おそらく万引き依存も同じことなのだろう。家族関係が万引きの大きな要因になっていることが多い、という指摘も重要だ。特に「家族を困らせよう」としてやっている万引きは、幼少期に自分が親から受けた行いが遠因になっており、なかなか厄介なのである。

本書は万引きを擁護する内容では決してない。むしろ、万引きを減らすための実効性のある方法を提言している、というべきだろう。とはいえ、万引きをなくす抜本的な方法は存在しない。本書のラストに入っている万引きGメンとの対談で言われているように、発生を未然に防ぐための店舗側の取組みを進めたほうがいいのかもしれない。

【本以外】毎日新聞4月7日朝刊

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「3歳から14歳まで、継母から虐待を受けていた」という質問に対する高橋源一郎の回答がなんとも残念というか、方向性を外していたのでピックアップ。ちなみに回答部分は有料記事扱いとのことなので、ここでの紹介は差し控えるが、気になる方はお金を払うか紙面で見てほしい。

 

この手の「質問」が人生相談には時々出てくるが、そもそも、シロートの作家先生がこの種の質問に的確に回答できるほうがおかしいし、こういう質問に応えさせてはいけない。寄せられた質問が、人生相談で済む内容なのか、プロの対応が必要なのか、人生相談コーナーの担当者はしっかり判断できなければいけない。

 

この質問者さんにまず伝えるべきなのは「そんなつらい記憶や思いを抱えて、よくぞ、ここまで生きてきてくれましたね」「そんなつらい記憶のことを、よく言葉にして、伝えてくれましたね」という気持ちであろう。この人はサバイバーなのだ。そのことをねぎらい、感謝し、讃えるのが最初。

 

次に言葉をかけるとしたら、「虐待のことを忘れる必要はありません」「継母を許す必要もありません」「そういう気持ちになるのが当たり前で、あなたは暗くもひねくれてもいません」ということだと思う。前向きに生きるとは、過去を忘れることでもないし、許すことでもない。忘れられず、許せない自分そのものを認めるところからしか、その先の人生は開けない。

 

奇しくも同じ毎日新聞4月7日朝刊の社会面には、性虐待サバイバーの方の記事もあった。なぜかこちらは全文ネットで読めるようだ。

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この記事で私が一番衝撃的だったのは、勇気を振り絞って実父からの性的虐待を母に訴えた時、返ってきた言葉が「許してあげて」というものだった、というくだりだった。いやいや、違うでしょう。まずは娘に「許して」と言うべきでしょう、と即座に突っ込んでしまったが、それはともかく、奇しくもこの記事に書かれた宮本さんの言葉が、上の「人生相談」の質問者さんへの最良の回答になっている。意図的ではないと思うが、紙面をまたいだピアカウンセリングが起きていた。

 

 

 

【2321冊目】宮坂昌之・定岡恵『免疫と「病」の科学』

 

免疫と「病」の科学  万病のもと「慢性炎症」とは何か (ブルーバックス)

免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か (ブルーバックス)

 

 

人間には免疫という機能が備わっている。免疫システムが反応したときに身体に起きる反応が「炎症」だ。皮膚が赤くなるのも、熱をもつのも腫れるのも、「炎症」のひとつである。

ところがこの炎症が慢性化すると、とんでもない悪さを引き起こす。本書によれば慢性炎症は、ガンや糖尿病、認知症からうつ病まで、ありとあらゆる病気に関わっているというのである。炎症がガンの要因になっているなんてちょっと信じられないが、実際に影響を及ぼしていることは間違いないらしい。

本書はそのメカニズムを、そもそもの免疫や炎症の発生にさかのぼって丁寧に解説した一冊だ。個別の疾患に関する説明が細かいが、ざっと読めば全体像は理解できるようになっている。ちなみに個人的には、予防法のところで触れられているサプリメントの効能(ほとんど気休めに近いものらしい)や、「特定保健用食品」「機能性表示食品」「栄養機能食品」の違いが興味深かった。まあ、要するに食に王道なし、ということになるのだろうが、健康に安易な道はないということなのだと思う。それにしてもサプリ市場に日本国民が払っているお金はなんと総額2兆円とのこと。びっくりだ。

【2320冊目】吉田修一『国宝』

 

国宝 (上) 青春篇

国宝 (上) 青春篇

 

 

 

国宝 (下) 花道篇

国宝 (下) 花道篇

 

 

この人の作品は、ずっと前に読んだ『ランドマーク』があまりしっくりこなかったので、なんとなく読まないままになっていた。今回、この『国宝』を手に取ったのは、歌舞伎の世界が舞台というのが気になったから。

読んで驚いた。これほどの華やかさ、これほどの愛憎、これほどの光と影を描ける作家だったとは。特に喜久雄が三代目半次郎を襲名し、俊介が出奔するあたりから、喜久雄が不遇を強いられる辛い日々を描く前半の密度はものすごい。

それに比べると後半の「花道篇」は、いろいろショッキングな事件は起こるものの、大筋では喜久雄の安定感が抜群で安心して読める。歌舞伎の演目の解説や芸の華やかさの描写が適度に挟まれているが、だれた感じもなくはない。「青春篇」で波乱万丈に慣れてしまい、その後のアップダウンがそれほど刺激的には感じられなかった、ということか。

 

とはいえ、やはり歌舞伎界の華やかさを描きつつ、そこに渦巻く人間模様の泥臭さ、陰湿さを同時に描写し、さらにその両方を歌舞伎の演目の中に二重写しにしていく手際はなかなかだ。ちなみに本書ではヤクザの世界に身を置く辻村が重要な役割で登場するが、それぞれ一人の人間同士の結びつきとして辻村と喜久雄の関係を描いているのには好感が持てた。

 

もうひとつ、本筋から少し逸れるが妙に印象的だったのは、立女形の最高峰であり歌舞伎界の重鎮であった万菊が、一人行方をくらまし、ドヤ街の安宿で最期を迎えるくだり。なぜ万菊は、歌舞伎界の栄華を極めたにもかかわらず、あえてそんな最期を選んだのか。私には、そのことが本書全体を解くカギであるように感じた。