読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2117冊目】荒俣宏『0点主義 新しい知的生産の技術57』

 

0点主義 新しい知的生産の技術57

0点主義 新しい知的生産の技術57

 

 



やりたいことを仕事にするか、仕事だからやりたくないことも我慢してやるか。

ある意味「社会人究極の選択」であるが、著者はこのどちらでもない道を歩んできた。荒俣宏の方法とは「仕事を「やりたいこと」に変えてしまう」ことだった。

魚類が好きだったことから入社した水産会社。最初は、船に荷物を積み込む作業をさせられたが、船乗りの専門用語が多すぎてわけがわからない。だが青年アラマタはふと「これって「暗号」みたいなもんじゃないか?」と気づく。探偵小説や推理小説好きだったので、たちまち「船乗りの暗号」を覚えるのが楽しくなった。

次に配属されたのが、コンピュータ室。一番行きたくない部署だった。今のコンピュータとは違って、機械語を覚えてプログラムを書かないと動かない。だがやはり、アラマタは考えたのだ。「コンピュータを操作しプログラムを書くことは、言語哲学の実践だ、すなわち文学なのだ」「言葉が通じないとプログラムは動かない。これは呪文と同じではないか」俄然、コンピュータが知の探究の対象となり、9年間をそこで送ることができた。

このエピソードに、本書で述べられているアラマタ流「知的生産の技術」が凝縮されている。やりたいことを探すのではなく、やっていることを「やりたいこと」にしてしまう。それには「みんながやっているからやる」という考えに背を向けて、誰も興味を向けないような「ニッチ」に注目したほうが面白い。そうやって積み重ねてきたニッチな知識が、ある日突然評価され、脚光を浴びることになる。著者の場合、それが「風水」とか「お化け」の世界だった。

だから好きな事、興味があることに突き進むことが大事なのだが、それが「オタク」になってはいけない、とも著者は言う。オタクの世界は閉じている。そこに窓を開け、外界とつながることで、積み上げた知識や情報がどんどん展開し、さまざまに結びついていくのだ。だからこそアラマタは「悪食であれ」と言い「来たバスには飛び乗れ」と言う。

だがそのためには、いろいろなものを捨てることも必要だ。特に、自分が大事だと思っているものは、世間的な成功や達成と結びついていて、それが人生の重石になっていることが多い。だから著者は「もっとも叶えたいベスト3を人生から外してみよう」と言うのである。そのほうが「生きることが楽で自由になって、さまざまなことができるようになる」と。

だがこれこそ、言うは易し、行うは難し、である。それを実感するには、著者自身が「捨てた」3つを見てみるとよい。それは「成功したい」「お金持ちになりたい」「異性にモテたい」なのだ。この3つを振り切れる人が、果たしてどれほどいるだろうか。私はちょっと自信がない(あわよくば……とどこかで思っている自分がいる)。それが自分にとってのブレーキになっているのだろう。

そういう意味では、本書は「ちょっと変わり者」と言われている中学生とか高校生が読むと、けっこう身に沁みるものがあるかもしれない。著者も中学生の頃、「いい本を読め」と言われてゴミムシの図鑑を見ていたら「そんなのじゃなく、野口英世の伝記にしなさい」と言われたそうである。まあ、学校なんていつだってそんなもんなのだ。問題は学校じゃなくて、その中で自分自身がどれほど「バカ」を貫けるかどうかなのである。