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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1425冊目】朱川湊人『花まんま』

花まんま (文春文庫)

花まんま (文春文庫)

短編集。「トカビの夜」「妖精生物」「摩訶不思議」「花まんま」「送りん婆」「凍蝶」を収める。

どの作品も、舞台は昭和40年頃の大阪界隈。どうやら昭和38年生まれの著者自身が幼き日々を送った時代と場所であるらしい。

とはいえこの本、単なる「昔はよかった」小説とは、一味違う。

確かに、フシギな懐かしさはある。私自身は生れていない時代のはずなのに、昭和のノスタルジーの「原液」のようなものがしっかりと入っている感じがする。

しかし同時に、差別があり、公害があり、貧しさがあり、要するにいろんな「暗がり」や「闇」が残っている。著者はこの時代のネガティブな側面を、きまじめなほどしっかり描き込んでいる。

そしてそこに、奇妙な出来事が必ず起こる。死んだはずの近所の在日朝鮮人の子どもは「トカビ」になって屋根を走り回る。国電の高架下で売りつけられたあやしい「妖精生物」は家族と主人公の女の子に不幸を振りまく。

「摩訶不思議」では死んだ遊び人の「おっちゃん」にまわりが振り回され、「花まんま」は感泣必至の生まれ変わり譚だ。「送りん婆」では人の身体と心を切り離すコトダマを操る婆さんがあらわれ、「凍蝶」では冬まで生きる蝶が沖縄の弟の死を予告する。

奇妙なできごとが単体で浮かび上がらず、いろんな描写や会話のなかに自然に溶け込んでいるのは著者の巧さだ。そしてもうひとつ、当時の日本には、町のすみずみに「暗がり」や「闇」がまだまだ残っていた。だからこそ、こうした不思議な現象もまた、時代背景と地続きの、自然なものとして受け止められるのではないかと感じる。

不思議なできごとは、まるで風のようにふわりと、登場人物の人生を吹き抜ける。彼らはみんな少年であり、少女である。かれらはそれをずっと抱え続け、心のなかの薄暗い部分に宿したまま大人になるのだろう。いや、そうあってほしいと願いたい。

私自身も、そうした薄暗い部分をまだどこかに持っているだろうか。世の中から闇が消え、安全と安心ばかりが連呼されるようになった現代の子どもたちは、そんな闇を抱える機会をもつことができるのだろうか。読み終わってから、ちょっと心配になってしまった。