自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1167冊目】ウラジーミル・ソローキン『愛』

愛 (文学の冒険シリーズ)

愛 (文学の冒険シリーズ)

異様な短編集。悪夢の小説化。誰かが「ページをめくるのが怖くなる」と書いていたが、まさにそのとおり。

17の短編が収められている。そのほとんどが、ごく「ふつう」に始まる。情景は細やかで、登場人物は品行方正で、まるで19世紀頃の小説のような、オーソドックスで落ち着いた雰囲気(この著者は、「普通の」小説も見事に書き切れるだけの精巧な文章力をもっている。ピカソがデッサンに優れていたようなものか)。良質の近代文学を読んでいる気分である。

しかしその平穏は、突然壊される。(以下、お食事中の方は注意してお読みください)愛を語っていた男が突然斧を振り回し、談笑していた連中がいきなり銃をぶっ放し、非の打ちどころのなかった紳士がだしぬけにテーブルの上に糞を垂れ、あるいは食い、ゲロを吐き(そして啜り)、恋人はミンチになり、友人は発狂する。文章も変容する。そこまで折り目正しく進んでいた文章が突然、段落はおろか句読点さえなくなり、まるで妄想の垂れ流しのようなエンドレスの狂気がページを埋め尽くす。筋書き? 理由? 文脈? そんなものは、ここには存在しない。あるのはただ、黒い笑いと狂気の乱反射のみ。

グロやスカトロの描写もすさまじいが、読んでいて恐ろしいのが、「確実にとんでもないことが起こる」とわかっていながら、前半の平穏無事な展開を読み進めなければならないこと。次の段落、次のページで、今読んでいる世界が根底から崩されるかもしれないと思いつつ、それでもその世界を追体験しなければならない。しかも、実際に起こることは、読み手の予想をはるかに超えている。読み手はただ、分かっていてもその落差に身を任せるしかないのである。いつ急降下するか分からないジェットコースターの昇り時間の感覚というか。

個々の短編の紹介はしない……というより、できない。とにかく、何が起きるか予想しながら、読んでいただきたい。そして、その予想がくつがえされた果てに展開される、悪意と吐き気に満ちたサイアクの読後感を、ぜひ味わっていただきたい。ちなみに本書の翻訳を担当されているのは、かの光文社版『カラマーゾフの兄弟』を訳された亀山郁夫氏。これほどの悪夢を的確に日本語に置き換えてしまう翻訳力は、さすがとしかいいようがない。ちなみに亀山氏は解説も寄せており、その中でこう書かれている。おそらく本書のもっとも的確な紹介となっていると思われるので、ここに引用させてください。

ソローキンのテクストとは、一度目は嘔吐を、二度目には哄笑を、そして最後にはある種の崇高と限りない愛着を生ぜしめる奇怪な装置である。文字とインクとしての小説の可能性をここまでラディカルに追いつめた作家は、私の知る限り、現代ロシアではただ一人ソローキンしかいない。それは、多少、学者風の物言いをするなら、今世紀(注:20世紀)初頭の歴史的アヴァンギャルドの美学がついに到達できなかった地平である」

感想を付け加えれば、この短編を、どれか一つでも「3回以上」読む気にはなれない。勘弁してください。

ちなみにこのソローキンは、『ロマン』なる長編も邦訳されている模様。これがまたとんでもないらしいので、読まねばなるまい。でも怖い。怖いよう。

ロマン〈1〉 (文学の冒険) ロマン〈2〉 (文学の冒険)