自治体職員の読書ノート

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【999冊目】白川静『回思九十年』

回思九十年

回思九十年

漢字学の大家、白川氏の回想エッセイと対談を収めた一冊。

著者がはじめて一般向けの本『漢字』を出したのは60歳の時だった。そのことを指して著者を「遅咲き」という向きもあるが、本書の回想を読むと、全然そんなことはないことがわかる。そもそも「一生読書をし続けたい」と思い中学の教師になった若き日から、すでに「詩経万葉集を同時に読む」という志を立てており、古代の文芸に流れる「興」を通じて東洋を洞察するという方向性は、晩年になるまでほとんどぶれていない。むしろ古代中国の甲骨文字や金文をひたすらトレーシングペーパーで写し取り、そこから漢字の由来を読み解いていくという地道な研究の蓄積には、それくらいの年月が必要だったというべきなのだろう。その圧倒的な蓄積が熟れきった果実のようにぽとりとわれわれの手元に落ちてきてくれたのが、『漢字』であったのだ。むしろ学者としての本分は、それまでに積み重ねた膨大な知の地層にこそあるというべきだと思う。

だから白川漢字学は、とにかく確信と自信に満ちている。それまでに徹底的に資料を渉猟し、思索を尽くしてきたことの重みがある。なにしろ相手はそのへんの木っ端教授どもではない。後漢の頃に書かれた漢字解読のバイブル「説文解字」なのだ。それを日本の市井の一学者がひっくり返そうというのだから、これは並大抵の徹底ではつとまらない。

ところがこの歴史的偉業を著者は成し遂げたのだ。そして、その奥にあった中国と日本をつなぐ豊かな地下水脈を、鮮やかにすくいあげてくれたのだ。漢字を読み解くことは、当時の人々の精神を読み取ること。そこにこそ、今は見えなくなってしまった「東洋」が存在する。そして、そここそがわれわれの「本分」であるはずなのだ、と思う。