自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【37冊目】浅田次郎「霞町物語」

霞町物語 (講談社文庫)

霞町物語 (講談社文庫)

8つの短編からなる、著者の自伝的小説集である。

主な舞台は現在の西麻布近辺にあたる「霞町」から六本木、麻布界隈。写真屋に生まれた主人公とその家族や仲間のやりとりを中心に描いている。

全体にノスタルジックな味わいに満ちているが、それだけでなく、笑いから涙までいろんなものが詰まった極上の小説集である。いつも思うのだが、こういう小説を書かせると浅田次郎はほんとうにうまい。まさに職人芸である。特に、昔気質の写真師である祖父の存在感は突出しており、声まで聞こえてきそうなリアリティがある。

霞町という地名が現在は失われているように、この小説に書かれた時代はすでに過ぎ去り、なかば失われている。そのことへの作者の憧憬は随所に感じられるが、特にラスト、最後の短編の祖父の死に凝縮されている。作者はこのノスタルジックな短編集を通じて、自身の若き時代、旧きよき戦後の黄金時代を弔ったのかもしれない。