自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2811冊目】最相葉月『れるられる』



軽いエッセイかと思って、何の気無しに読み始めたのですが、読むうちに背筋が伸びてきました。思いのほか、しっかり中身が詰まっています。


境目について書いた、と著者自身が冒頭に述べていますが、むしろ「裂け目」についての本だと思いました。世界の裂け目。平穏でふつうの日常と見えていたものの裏側にあって、何かの拍子に突然あらわれるものです。


たとえば第1章「生む・生まれる」では、人工授精と出生児診断が取り上げられています。


びっくりしたのは、NT(胎児頸部浮腫)のこと。これは妊娠9〜10週のころ、一時的に胎児の首の後ろに現れるむくみのことですが、厚みによってはダウン症などの確率が高くなるそうです。しかし、NTの検査はほとんどの場合、夫婦への十分な説明がなく行われるとのこと。そのため、結果が出てはじめて「ダウン症などの可能性が高いこと」を告げられるのです(あくまで本書が書かれた時点での話なのでご注意ください)。


もちろん、羊水検査でさらに精度を高めることはできますが、その頃には妊娠20週くらいになっていて、中絶するとなると妊婦に大きな負担がかかります。そのためNT検査の結果だけで「危ない橋は渡りたくないといって不確実性を承知で出産をあきらめる妊婦が出てきた」のです。なんともやるせない、考えさせられる話です。


こんな感じで、以下、第2章「支える・支えられる」では自衛隊員や消防士へのメンタルヘルスについて、第3章「狂う・狂わされる」ではタイトルどおり精神疾患の突然の発症について、第4章「絶つ・絶たれる」ではいわゆるポスドクをめぐる過酷で残酷な状況について、第5章「聞く・聞かれる」では「見えること」「聞こえること」について、第6章「愛する・愛される」では田宮虎彦という作家の、愛する妻との死別(ガンだったようです)、それぞれ綴られています。


いずれも短いですが読み応えがあり、読み終えた後にしっかりと心の中に残るものがあります。コロナ禍という「世界の裂け目」に直面している今こそ、読まれるべき一冊だと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


#読書 #読了