hachiroetoの読書ノート

この世の片隅でこっそり書き続けています。一応自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【2729冊目】梶井基次郎『檸檬』


新潮文庫1002021」全冊読破キャンペーン51冊目。


梶井基次郎は、肺結核のため31歳で死去しました。そのためもあってか、多くの作品で死の影を感じます。しかし、この作家が不思議なのは、死や病というシリアスなテーマを扱っているのに、あまり湿っぽくならないところ。むしろ、自分の病や生命さえ突き放し、時には面白がってみせる、乾いたクールな視点を感じます。


代表作「檸檬」がまさにそういう小説です。「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた」という重い書き出しで始まりますが、ふと思いついて果物屋檸檬を買ってからは、「私」の足取りは急に軽やかになります。


そして、丸善に入って本を積み上げ、そこに爆弾に見立てた檸檬を置く有名なシーン。「そうしたらあの気詰りな丸善も粉葉(こっぱ)みじんだろう」とほくそ笑み、通りを歩いていく自身の姿を、著者はまるで後ろから見ているかのように描いてみせるのです。


あと、ちょっとした描写が素晴らしいですね。怜悧で客観的な、どこかカポーティを思わせる書き方です。例えば「ある心の風景」の冒頭近くでは、こんな情景描写があります。なかなかこういう文章は書けません。


「其処は入り込んだ町で、昼間でも人通りは尠(すくな)く、魚の腹綿や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかった。両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のような無気力な生活をしているように思われた」


最後までお読みいただき、ありがとうございました!