自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2658冊目】南木佳士『からだのままに』


医師であり、作家でもある著者が、これまでの半生を振り返って綴るエッセイです。特に派手だったり面白い話があるというわけではないのですが、どのエッセイも、じんわりと身体に沁み込むような味わいがあります。


それまで「からだ」をあまり使ってこなかったことを反省して、山歩きに挑戦するようになったと書かれていて、いったい何歳の時の文章なのかと確認したら、50代半ばとのこと。もっと老成した、悟りをひらいたかのような透徹した印象だったので、ちょっとびっくりしました。もっとも、医師業と作家業の両立に苦労し、パニック障害うつ病に苦しみ、今また肺に異変が発見される、という経験があったことを考えると、山や谷を乗り越えてやっと平穏な境地に至った、ということなのでしょう。


信州の自然の中で生活を送っていることも、ゆったりした文章に影響しているのかもしれません。特に印象的だったのは、「南木」というペンネームの由来でもあるという、浅間山をめぐる一節でした。自然と人間をめぐる著者のスタンスが、垣間見えるようなくだりだと思います。


「北側の故郷からは近世の災厄の元凶として、永く住む南側からは太古の、想像の域をはるかに超えた巨大噴火の自然遺産として見えてしまう浅間山は、山麓で、火山の脅威におろおろしながらも懸命に生きた祖先たちの姿を想い起こさせる。その子孫である、祖母のような地に足の着いた暮らしを営む人たちの生き様を描く作家になりたかったからペンネームを『南木』とした。南木山とは、嬬恋村浅間山麓一帯を指す地元の人たちの呼び名だ」(p.59)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!