hachiroetoのものぐさ遊読帖

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【2624冊目】藤原新也『黄泉の犬』


昨日読んだロレンス・ダレルとはまったく別の意味で、これはすさまじい本だった。なんというか、容赦がない。甘さがない。気の抜けたところがない。


著者は写真家だ。以前「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というフレーズと共にこの写真を見た時の衝撃は、今も忘れない。凄い写真というのはいろいろ見てきたが、一枚の写真に打ちのめされ、しばらく動けなかったという経験は、後にも先にもこれきりだ(ちなみにこの写真は本書にも出てくる)。


人間の死体を犬が食っているところを切り取ったその写真は、インドで撮影された。そもそも著者は、最初の著書が『印度放浪』なのである。本書もまた、読んでいるとインドに誘われる。そこに何があるのか、自分の目で見たくなる。そのために何もかも放り出し、捨て去ってインドに赴くしかないように思えてくる。


インドでの日々を振り返りつつ、返す刀で一刀両断されるのが、麻原彰晃松本智津夫)とオウム真理教である。その教えから着ている服に至るまでが、上辺だけをすくいとった薄っぺらなものであり、ニセモノだった。その一方、著者は松本智津夫の目の障害について、驚くべき仮説を示す。しかも、それを確認するため、わざわざ智津夫の兄にまで会いに行っているのである。その「仮説」が何なのかについては、ぜひ本書に直接あたってほしい。


若者と著者とのやり取りも凄い。生きている実感が感じられないという東大卒の若者は、著者と語るうちに、会社を辞めてインドに行くことを決めてしまう。すべてを捨てて砂漠に去った若者を追った若かりし日の著者は、さんざんやり合った挙句、二人の旅行者として共に歩み始める。どちらにも共通しているのは、どんな相手であっても、著者が全身全霊で向き合っていることだ。著者自身も変わることを厭わず、傷つくことから逃げず、人と語り合う。そのこと自体が、おそらく相手を変え、自分自身をも変えるのかもしれない。