自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2534冊目】山崎亮『ケアするまちのデザイン』


コミュニティ・デザイナーの著者が、「ケアするまちづくり」の現場を訪ねて行った鼎談4つをおさめている。福祉、医療、コミュニティが交錯する現場の息吹を感じられる一冊だ。


どの鼎談でも、福祉や医療サイドの人だけでなく、同じ地域でデザインやまちづくりに携わる人を加えている。この組み合わせがとてもいい。福祉の視点にまちづくりの視点が加わることで、その地域が奥行きをもって立ち上がってくるし、本当の意味での「地域包括ケアシステム」の姿がその向こう側に見えてくる。それは「地域が人をケアする」と同時に「人が地域をケアする」場だ。本書は、そのような地域をどのようにつくるかという難題に対する4通りの実践例である。


「そういう、境界線がない状態がいいのかなという気がします。ボーダーラインではなく、ボーダーゾーン。白か黒じゃないグレーゾーンというのがすごく大きくあればいい。なかなか線で引けないものが、人間の心の中にはあるんだろうから」(p.40)


新潟県長岡市の「こぶし園」といえば、地域包括ケアの生みの親ともいえる小山剛の出発点だ。そこで小山の薫陶を受けた吉井氏が「特養とか施設とかそんなの関係なくて、いろいろ選択できればいいんだ、自分の暮らし方に合わせて」という小山の言葉を紹介し、それを受けて建築家の高田氏が答えたのが上のセリフ。思えば「施設」とか「在宅」といった枠組みに人を当てはめるのではなく、人を中心とした地域や福祉のありようを考えるところから、地域包括ケアやコミュニティデザインは始まるのだ。


「「おまえだから仕方ない」って言われるくらい信用してもらえなかったら、何もできませんからね。行政はまずしくみからつくりたがる悪い癖がある。住民のなかにもまた、しくみをつくりたがる人がいる。でも、しくみばっかりつくってどうする? そこに込める魂が大事なんですよ」(p.82)


第2章の舞台は、滋賀県東近江市にあって在宅での看取りが5割近いという永源寺地区だ。実働部隊「チーム永源寺」をつくりあげた花戸氏と鼎談にのぞむ元滋賀県職員で異色のネットワーカー、北川氏の発言を引いた。「人たらし」を自認する北川氏の活動ぶりは誰にでもマネできるものではないが、そのエッセンスには学ぶ点が多い。さすがは「三方よし」の近江商人を生んだ土地である。


「地域で活動するグループ同士がつながって信頼関係ができると、「クラウド(雲)のような何か」ができてくる。皆がそこに情報を上げ、逆に情報が必要なときはそこから引き出してくる。このクラウドがあれば、身近な人と信頼関係を結んで情報のやり取りを続けるだけで、いつのまにかより広い範囲でそれらの情報や関係性が共有されるようになる」(p.118)


クラウド(雲)」をあらわしたイラストの説明なので誰かの発言というわけではないのだが、この「クラウド」という表現が卓抜だ。ネット上の「クラウド」と似てはいるが、それよりずっとおもしろい。取り上げられているのは埼玉県幸手市杉戸町の「地域包括ケア幸手モデル」。まちづくりに関わる住民を「コミュニティデザイナー」に任命し、在宅医療連携拠点「菜のはな」がバックアップするという、住民巻き込み型の強烈な仕組みである。鼎談者は「菜のはな」室長で医師の中野氏、団地の一角でコミュニティカフェを運営する小泉氏。


「歴史を改革するのは、実は認知症や障害のある人など、社会的排除を受けやすい人たちかもしれない」(p.162)


ドキッとする指摘をしてくれたのは、障害者福祉を出発点に、石川県で幅広く福祉事業を展開する社会福祉法人佛子園の雄谷氏。活動のなかでも「生涯活躍のまち」の拠点Share金沢や、町全体が生涯活躍に取り組む輪島町は、まさに地域包括ケアそのもの。お相手は、Share金沢の設計を担った建築家の西川氏である。


地域包括ケアシステムというと「福祉分野の仕事」と思われがちだが、本書を読むと、それは大きなまちがいであることに気付かされる。それは地域全体のあり方、すなわち「まちづくり」そのものなのだ。とりわけ超高齢化時代では、まちに住む人の多くが支援を要する高齢者となるのだから、まちづくりは必然的に福祉であり、医療であり、ひいては住民の生活そのものであるはずだ。そういった視点で「地域包括ケアシステム」を捉えなおすことが、地域における本当の「ケア」の実現につながる。その実践例は本書の4例だけ見ても多種多様だが、それはすなわち、自分の自治体だけの地域包括ケアシステムがあってもいい、ということである。それが何なのかを探すにあたり、本書はおそらく大きなヒントになってくれるだろう。