自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2532冊目】佐々涼子『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』


いろんなことを忘れていた。そのことを反省させられる一冊だった。


震災のことを忘れていた。いや、忘れていたつもりはなかったのだが、あの日感じた衝撃と不安が、すっかり身体の中から抜けていた。日本製紙石巻工場のなまなましい被災描写に、あらためてそのことを思い出した。あの後も多くの災害が日本を襲ってきたが、その中でも東日本大震災は、やはりとんでもない、桁外れの「地獄」であった。


紙のことを忘れていた。その手触り、その色合い、その匂い。毎日のように「紙の本」を読みながら、その紙を造っている人がどこかにいること、そこにあるのが微妙な色合いや厚みや触感をもった物体であることを忘れていた。この紙がどこで造られたんだろう、などと考えたことは、思えば一度も無かったかもしれない。


そして、奇跡とは人が作り出すものである、ということを忘れていた。絶望的な被害に見舞われた、日本製紙の基幹工場、石巻。工場長が宣言した「半年での復興」「半年で8号抄紙機を動かす」という目標に、誰もが唖然とし、不可能だと思った。だが想像を絶する苦難の末に、8号抄紙機は「紙をつないだ」のだ。それを可能にしたのは、無理としか思えない目標をあえて示した工場長と、それに応えた現場の人々の「思い」であった。


最後に、本の力を忘れていた。被災地に届けられた本が人々の心を暖め、そこで造られた紙から生み出された本が、また世界のどこかで人をつないでいく。さらに言えばこの本そのものが、本の持つ力を体現している。これほど胸を打ち、人の心を熱くしてくれる本は滅多にない。震災が生んだ、歴代ベスト級の傑作ノンフィクションである。