【2518冊目】小川洋子『ブラフマンの埋葬』
ブラフマンとは、本書の説明ではサンスクリット語で「謎」という意味。だが実際は、ヒンドゥー教の宇宙原理を指す。だから「ブラフマンの埋葬」とはものすごく深遠なタイトルなのであるが、読んでみると予想を裏切って、コミカルでチャーミングな謎の動物「ブラフマン」と「僕」の交流を描くハートウォーミングな物語なのだ。
「僕」は芸術家のための建物「創作者の家」の世話人だ。そこに来るのは碑文彫刻師、クラリネット奏者、レース編み作家など(この職業選択は、のちの小川洋子にくらべるとずいぶんおとなしい)。そして「僕」はどうやら、近くの雑貨屋の娘が気になっているらしい。
本書は『博士の愛した数式』と同時期に刊行され、泉鏡花賞を受けた。いわば小川洋子の出世作だ。後の作品に見られるような、壊れやすい異世界に迷い込んだような独特の感覚はそれほど感じられず、むしろ本書の少し後に出た『ミーナの行進』に通じる、明るくユーモラスな作風の作品である。
とはいえ、ブラフマン以外に名前の付いた登場人物がいないこと、ブラフマンの「正体」が最後までよくわからないことなど、この作品世界は、やはりどこか変わっている。エドワード・ゴーリーあたりが絵本に仕立ててくれたら似合いそうだ。