自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2516冊目】アニー・デューク『確率思考』

 

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著者の経歴が異色である。現在は意思決定コンサルタントとして活躍中とのことだが、その前はなんと、プロのポーカー・プレーヤーだったのだ。世界大会での優勝経験もあるというから、ギャンブラーのトッププロといっていい。。

本書は、そんな「賭けの達人」の視点から、人間の思考と意思決定を読み解く一冊だ。原題は「thinking in bets」だから、まさに「賭けるように考える」あるいは「ギャンブルに学ぶ思考術」。邦題の「確率思考」は、いささか生真面目すぎるというか、ちょっとニュアンスが違い過ぎる。日経BPにギャンブル臭は似合わないと思ったのだろうか。

著者は言う。人生とはチェスではなく、ポーカーのようなものだ、と。チェスはすべての要素が見えている「完全情報ゲーム」である。だが、人生には不確実で見えない部分が付き物だ。引っ越し先の隣人はとんでもないトラブルメーカーかもしれないし、転職先が倒産するかもしれないし、結婚する相手はDV夫かもしれない。人生のほとんどの局面において、われわれは不完全な情報をもとに、人生の重要事を判断し、決定しなければならないのである。

 

それだけではない。さまざまな情報が目の前にあったとしても、われわれはそれを正しく把握し、理解できるとは限らない。例えば心理学者のダニエル・ギルバートは「人は聞いたことや読んだものを自動的に信じる」ことを明らかにした(p.67)。わたしたちは、ある情報について「正しいかどうか吟味し、真実かウソか判断した後に信じる」のではなく「まず目の前の情報を信じ、その後で時間があったり気が向いたりすれば、内容が真実かウソか吟味」するのだという。そして、いったん真実と信じ込むと、今度はそれと矛盾する情報をすべてウソと決めつけ、退けてしまうのだ。まるで、カルガモのヒナが最初に見た相手を親と信じ込むように。

では、私たちはこうした思い込みに一度ハマってしまうと、二度と抜けられないのだろうか。ここで著者は、ひとつの妙案を提示する。誰かに「賭けるか?」と言ってもらうのだ。「新型コロナウイルスは25度のお湯で死滅するって本当かい? だったら、1万円賭けようか」と言われたら、誰でもネットで見つけたデマ情報が本当かどうか、少しは疑う気持ちになるのではなかろうか。

結果によって物事を判断するのも、われわれの悪弊である。それは、酔っぱらって車を運転して、たまたま事故を起こさなかったからと言って、飲酒運転しても危険はないと言うようなものだ(大真面目にそう主張する人も時々いるが)。だが、これはギャンブルで言えば、単なるラッキーな結果を実力だと思い込むようなものだ。たまたまストレートフラッシュができたとしても、それが自分の戦略の成果なのか、あるいは単なる幸運だったのか、あなたは正確に判断できるだろうか。

 

またコロナの例を出すが、このケースで思い出すのは「新型コロナウイルスの感染者数が少ないのは、国の政策が適切だったからだ」という、安倍総理の記者会見でのコメントだ。これって「事故を起こさなかったから飲酒運転しても問題ない」というのと何が違うのだろうか? 本当にこれが結果オーライではなかったと、いったい誰に言えるだろうか。

 

こうした認識のトラップに陥らないためには、仲間の助けを借りることも必要だ。腑に落ちたのは「説明責任」という考え方。これはつまり、自分が何かを決めたとしても、その理由を仲間に説明しなければならない、という縛りを設けることだ。後から説明が求められるとあらかじめ分かっていれば、思い込みで道を外れそうになっても、踏みとどまることができる可能性は増える。ポーカーで1日の賭け額の上限を決めて仲間に伝えておけば、いざプレー中に熱くなって上限額を超えたくなっても、仲間の顔が思い浮かぶというワケである(ギャンブル依存に限らず、依存症の人の多くが孤独なのも、このことと関係しているのかもしれない。彼らは「踏みとどまるタイミング」を教えてくれる仲間がいなかったのだ)。

 

このやり方の応用編が「未来の自分を想定する」という方法である。どうしてもケーキが食べたくなったり、今の会社で上司に辞表を叩きつけたくなったら、食べた後や辞めた後の自分の気持ちを想像するのだ。ここでは、ジャーナリストのスージーウェルチが提唱する「10-10-10」という考え方がおもしろい。ある選択をしようかどうか迷った時には「その選択をした(あるいはしなかった)10分後、10か月後、10年後はどうなっているだろうか?」と考えるのだ。あるいは「今が、その決定をした10分後、10か月後、10年後だったら?」と考えるのもよい(個人的には後者の方がリアルに想像できるような気がする)。

不確実性を人生から取り除くことは、不可能だ。だが、だからこそ人生は面白い。本書はそんな人生の彩りにはならないだろうが、少なくともそこで溺れないためのヒントにはなっている。これはそんな、プロのギャンブラーによる「人生の泳ぎ方」の秘伝集なのである。