自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2510冊目】井上ひさし『十二人の手紙』

 

十二人の手紙 (中公文庫)

十二人の手紙 (中公文庫)

 

 

 

11の書簡形式の短編が、これも書簡による「プロローグ」と「エピローグ」に挟まれている。個々の短編は独立しているが、エピローグで思わぬつながりを見せ、同時にプロローグの「回収」にもなっている。

 

いやはや、なんとも凝った小説だ。書簡形式の小説自体は『若きウェルテルの悩み』『あしながおじさん』『吸血鬼ドラキュラ』など名作も多く、決してめずらしいものではない。とはいえ、前後も含めて13作をすべて違ったスタイルの短編として仕上げ、それぞれに仕掛けをほどこし、しかもそれが全部「小説」として上出来であるとなると、これはやはりタダゴトではないのである。

 

例を挙げると、冒頭のプロローグ「悪魔」は一人の女性が何人かに送った手紙で、いわば女性の一人称視点。だからこそ描ける一方的な想いとその破綻が痛ましい。次の「葬送歌」は作家に向けた学生の手紙だが、なんとその中に創作小説が含まれ、しかも作家とのやり取りの末に思いがけないオチをつける。「赤い手」はなんと「出生届」に始まり「転入届」「婚姻届」など公式な書類のみで大半が構成された驚くべき作品。われわれ自治体職員も、一通の戸籍謄本(特に「改製原戸籍」)などからその人の人生を読み取ることはあるが、まさか書類を連ねてその中にドラマを描き出すとは。痛切なラスト(最後だけを手紙で締めくくっているのが心憎い)も含め、本書随一の傑作であろう。

 

さらに続ける。「隣からの声」は以前見た映画『ギルティ』を思わせるどんでん返し。「桃」は仕掛けはそれほどではないが、小説としての味わいが深く印象的。「シンデレラの死」はある意味もっとも痛ましく、余韻の深い作品だ。「玉の輿」はなんと13通の手紙のうち11通が「手紙の書き方」のような本からの引用という驚くべきオチに仰天する。定型文というと無個性でつまらないものと思われがちだが、いやいや、名手にかかれば定型文だけでドラマを作れるのである。

 

「里親」は鮮やかなトリックに気持ちがいいほど騙された。意外とこのトリック、前代未聞ではないか。エピローグの「人質」はまさに大団円という感じ。登場人物の「その後」を見て、どんな人だったかな、と二度読みする楽しみが生まれる。まあそんなわけで、これは書簡小説のヴィルトゥオーゾというべき一冊。極上の名人芸を堪能されたい。