【2494冊目】マイケル・バード『ゴッホはなぜ星月夜のうねる糸杉をえがいたのか』
タイトルだけ見れば、ほぼ全員がゴッホの本だと思うだろう。確かにゴッホも出てくるが、それは本書に登場する68のアーティストのうちの一人にすぎない。英語の原題は「Vincent's Starry Night and Other Stories: A Children's History of Art」。邦題、ちょっと略し過ぎだろ。むしろ副題の「A Children's History of Art」が、本書の性質をそのまま表現している。本書はまさに、子どもたちに向けて書かれた、68のアートにまつわる歴史と物語なのだ。
4万年前に象牙を削って作られた「ライオンマン」に始まり、現代中国のアーティスト、アイ・ウェイウェイに終わる。登場するアーティストのほとんどがヨーロッパ圏なのは、まあやむをえまい。ちなみに中国は「始皇帝の職人たち」「范寛」「アイ・ウェイウェイ」のみ、日本人に至っては「葛飾北斎」ただひとり。まあ、そんなもんでしょう。むしろ個人的には、パウル・クレー、サルバドール・ダリ、ルネ・マグリット、アルベルト・ジャコメッティが登場しなかったのが不満だった。あとイスラム圏も少ない。中世ヨーロッパの写本彩色師が取り上げられているが、だったらコーランの写本は取り上げなくてよろしいのか。
まあ、そんなないものねだりをしても始まらない。それよりも「ライオンマン」や洞窟の壁画から現代芸術までのアートの歴史の一挙総覧を楽しむべきだろう。構成はフィクション仕立てで、最初のページに作品がひとつ掲げられ、つづく3ページを使って、その作家にまつわる短い物語が書かれている。だから微妙に虚実が混ざっているのであるが、それがかえって、その時代やアーティストの様子を浮かび上がらせてくれていて面白い。
いろいろ気になる作品もあるが、まずびっくりしたのは、やはりレオナルド・ダ・ヴィンチとそれ以前の作品のあきらかな「落差」だ。これは歴史順に作品が並んでいることの効能だろうが、ダ・ヴィンチがまごうことなき天才であったことがよくわかる。なんというか、それ以前とまったく「モノが違う」のである。
アルテミシア・ジェンティレスキ、ベルト・モリゾ、カミーユ・クローデルといった女性アーティストを丁寧に取り上げているのも良い(ロダンではなくクローデル、というところがポイントだ)。ジェンティレスキのダイナミックな描画も素晴らしいが、個人的にはモリゾの抒情的な作品に惹かれるものがあった。クローデルはもちろんぶっちぎりだ。
作品はそれだけを見て楽しむ、という考え方もある。だが、やはりアーティストのエピソードや時代背景、アート全体の大きな潮流を知っていたほうが、いろいろと楽しみも広がるのだと、本書を読んで再確認できた。いわばどんな作品も、さまざまな「文脈」の中に置かれているのであって、単立した作品などないのだから。