【2487冊目】吉村昭『高熱隧道』
隧道とはトンネルのこと。トンネル工事、舞台は黒部、といっても「黒部の太陽」とは時代が違う。昭和11年から15年にかけて行われた黒部第三発電所工事である。
読みながら、最初は頭の中に「地上の星」が流れていたが、途中から、どうやらそんななまぬるい話ではないことに気付かされた。なんといっても、掘削するトンネル内の温度は最初でも60度以上、それが掘り進めば進むほど高くなり、最後はなんと166度に達するのだ。
爆破用のダイナマイトは、自然発火で爆発する。宿舎は雪崩で吹き飛ばされる。高熱で身体中火ぶくれが出来、身体を冷やすための水は足元に溜まって熱い湯に変わる。まさに地獄絵図というにふさわしいこの無茶な工事は、しかし国策の一環として決して中止されず、人夫たちが次々と犠牲になっていく。多くの犠牲を出した太平洋戦争とまったく同じ構図が、ここにある。これはプロジェクトXどころじゃない、国内で展開された「もうひとつの戦争」なのだ。