自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2469冊目】岡田哲『明治洋食事始め とんかつの誕生』

 

明治洋食事始め――とんかつの誕生 (講談社学術文庫)

明治洋食事始め――とんかつの誕生 (講談社学術文庫)

  • 作者:岡田 哲
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/07/11
  • メディア: 文庫
 

 

いきなりですが、クイズです。次の料理を、誕生した順番に並べて下さい。いずれも明治維新以降の日本人が作り上げた傑作です。

とんかつ/カツ丼/カツカレー/ポークカツレツ/ハム/牛丼/牛肉のすき焼き/あんパン

答えは次のとおり。登場順です。

◆牛肉のすき焼き
 1869年(明治2年)神戸元町に牛肉すき焼き店「月下亭」が開店。ちなみに関西風のすき焼きは、割り下を入れずに油脂のみで肉を焼く。関東に伝わったのは関東大震災以降で、もともとあった牛鍋が変形融合し、割り下をたっぷり入れて煮込むようになったという。ちなみに生卵をつけて食べるのは関西風すき焼きが由来。さらに言えば、「すき焼き」自体は江戸時代にすでに見られ、鳥肉、魚肉、鯨肉などが使われた。

◆ハム
 長崎の片岡伊右衛門アメリカ人ペンニスにハム製造を学んだのは1872年(明治5年)。だが、実際にハム製造を始めたのはイギリス人ウィリアム・カーティスが最初である。1874年(明治7年)、神奈川県鎌倉郡川上村のことであった。今の鎌倉ハムのルーツである。

◆あんパン
 あんパンを生んだ木村安兵衛の名前は知っている人も多いだろう。東京の職業授産所で事務員をやっていた木村は、なんと50歳を過ぎて退職、未経験のパン作りに転じる。酒まんじゅうをヒントに発案した「あんパン」の製造に成功したのは、1874年(明治7年)。6年に及ぶ苦節の末であった。脱サラシニアの鑑といえよう。ちなみにパン自体は鉄砲と共に種子島に伝来した。「パン」はポルトガル語なのである。そういえば英語では「bread」っていいますよね。

◆牛丼(牛めし
 1887年(明治20年頃、牛のコマ切れにネギを入れて煮込み、どんぶり飯にぶっかけた「牛めしブッカケ」が登場する。案外古くからあったことに加え、そのレシピが今とあまり変わっていないことに驚かされる。

◆ポークカツレツ
 カツレツの語源である「コートレット/カットレット」は、小牛や豚などの骨付きの背肉のことであり、それを使って「塩・コショウをして、コムギ粉、卵黄、パン粉をきせて、バターで両面をキツネ色に焼き上げた」料理のことでもある。ポークカツレツの嚆矢は今も残る洋食店の老舗「煉瓦亭」が1895年(明治28年に提供したものとされている。

◆カツカレー
 1918年(大正7年)、東京浅草の「河金」がカツカレーを考案、売り出した。とんかつより時期が早いのは、当時はポークカツレツを使っていたから。「河金丼」と名付けられたこのメニューが大ヒットしたのは、すでにカレー好き、カツ好きの客がたくさんいたということなのだろう。

◆カツ丼
 1921年(大正10年)、早稲田高等学院の学生であった中西敬二郎が、行きつけの店で皿の飯をどんぶりに移し、その上にカツを切って乗せて、ソースとメリケン粉を合せたものをかけてみせた。カツ丼の誕生である。ちなみに、それに先立つ1913年(大正2年)に考案された「ソースカツ丼」が先という説もあるとのこと。

◆とんかつ
 本書で「洋食の王様」と呼ばれるとんかつの誕生は、案外遅く1929年(昭和4年)。東京上野の「ポンチ軒」の島田信二郎が売り出したことによる。ちなみにポークカツレツとの違いは、薄い肉に衣を着せて炒め焼きにしたのがポークカツレツ、分厚い肉に衣をつけて揚げたのがとんかつだ。

 

 

さて、こんなわけで、明治以降の日本は革命的ともいえる食事環境の変化に見舞われたのであるが、そもそも日本では、なんと1200年にわたり、公式には肉食が禁じられていた。特に牛や馬などの家畜を食べる文化は、明治になるまでほとんどなかったようなのだ。その背景にあるのは仏教伝来に伴う「殺生戒」(本書には明示されていないが、そう考えると、明治において廃仏毀釈が行われたことと肉食の解禁も関係しているのだろう)。初めて見る西洋人の背の高さや恰幅の良さも、食を改善して栄養を高めなければ、との危機感を煽ったようである。

特に軍隊では食事の改変が大きく進んだ。海軍はパン食を始め西洋料理の導入を大きく進めた(そういえばカレーも海軍だ)。一方、陸軍は従来通りの握り飯にタクアンであったという。本書には陸軍軍医でもあった森鴎外による米食擁護の文章も載っているが、このあたりの陸軍と海軍の亀裂が、いずれ日本の運命を大きく変えていくのである。

論じ方に不満が残る箇所、不足を感じる箇所もあったが、総じて言えば、さまざまなエピソードを交えつつ、「洋食」の歴史と共に、近代日本が歩んだ道そのものの明暗を描き出している。もちろん雑学の宝庫としても、十分に楽しめる一冊だ。