自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2433冊目】春日武彦『老いへの不安 歳を取りそこねる人たち』

 

老いへの不安 歳を取りそこねる人たち

老いへの不安 歳を取りそこねる人たち

 

 

いつまでも若くいられるわけじゃないことはわかっている。でも、どうやったら「うまく年を取れる」のか分からない。周りを見ても、目標となるような「いい歳の取り方をした」老人が見当たらない。そんな人が増えているという。

じっさい、困った老人に出会うことも多い。パン屋で落としてしまった売り物のパンを、そのまま棚に戻す老人。電車で席が空いていないからと「ここに座っている連中はニートっていうんだ」などと聞えよがしに語る70代とおぼしき男性。自分の言い分を一方的に展開し、話がかみ合わないと「これ以上言い争っても仕方ない」と勝手に自己完結する人。いずれも著者が出会った高齢男性である。

老年期に差し掛かる手前で「魔が差す」人も多いらしい。キセルが発覚し、駅員を殴って鞄もコートも放り出して逃げ出す。小学生に卑猥な言葉を投げる。スーパーで幼児の顔をなめる。ボウリング場で9時間も投げ続け、料金を払わない。ちょっと信じられない事件ばかりだが、これも実際に起きたものばかり。やったのは50代から60代の男性ばかり。

全員がこんなだとは思わないが、それにしても「歳をうまく取れない人」が多すぎる、という指摘には覚えがなくもない。ロールモデルになるような老人にも滅多に出会えない。もっとも、小説の世界にも現実の日本にも、ごく少数だが「こんなふうに年を取りたい」と思える人はいる。著者はそんな「目標にしたい年寄り」を本書で何人か挙げているが、大方は小説の登場人物である。

だが、そもそも歳を取るとは、そんなに簡単なことではない。歳を取れば何事にも動じなくなると思われがちだが、実際は「歳を取れば重ねれば重ねるほど、いきなり難儀なものに出くわさざるをえない」(p.153)。それに「嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも慣れが生じない」(p.164)ということもある。だから老人はどんどん鬱屈していくのだ。

若作りや「アンチエイジング」も、自分自身の年齢を許容できないみたいでかえってみっともない。だからといって、年相応と言われてもどんなふうに振る舞えばいいのかわからない。そもそも、平均寿命がどんどん延びる一方、老人を尊敬するどころか粗末に扱うこの社会において、歳を取るというのはたいへんに難しいことなのである。われわれは、せめて著者が提唱するように、自分なりの「年寄り像」を演じ、そこに折り合いをつけていくしかないのだろう。