自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2401冊目】松本清張『ゼロの焦点』

 

ゼロの焦点 (新潮文庫)

ゼロの焦点 (新潮文庫)

 

 

 

解説で書かれているとおり、推理小説としては不完全だが、文芸作品としては一級品。

悪いところから挙げる。展開があまりにもご都合主義的。たまたま開いた夫の洋書にはさまっていた家の写真2枚をなぜかあやしいと直感して取っておいたり、たまたま聞こえた受付嬢の英語からその女性が元パンパンであり事件の関係者だと直感したり、いくらこの時代とはいえ役場の戸籍係が他人の戸籍を見せて裏話までぺらぺらしゃべったり(それも何年も前のやりとりを、である)、そんなことあるか! と思うシーンの連続。そもそも、1週間前に見合い結婚したばかりの夫が失踪したからといって、新妻が警察を差し置いてガンガン調査に行くのもおかしい。警察がそれを止めるどころか情報提供してしまうのも奇妙だ。本職の私立探偵だってここまで協力はしてもらえないだろう。

などと、とりあえずディスってはみたが、とはいえこれが「松本清張の代表作」と称されるのは、やはりそれなりの理由あってのこと。奇妙な事件を追いかけていくうちに、その背景にある切なく悲しい事情、そのさらに裏側に横たわる日本が迎えた敗戦後の悲痛な宿命がじわじわと浮かび上がる。昭和33年という時代設定も絶妙で、戦争から10年余りがたち、なんとなく皆が戦争を忘れかけ、高度成長時代に突入していく日本を描きつつ、そこにしっかりと暗い影を落としている占領期の記憶に読者を引き戻す。刊行された当時(昭和34年)であればなおさら、読者は戦争を過去のものとして忘れかけ、高度成長に浮かれかけた気持ちに、冷や水を浴びせかけられたのではなかろうか。