【2382冊目】アーサー・ビナード『出世ミミズ』
インスタグラムからの転載。
アメリカ人が日本語で書いた、というところに目が行きやすいが、そういう読み方だけではもったいない。そもそもエッセイとして抜群に面白い。絶妙な導入からクスリと笑える「オチ」まで、まさにエッセイの見本というべきものばかり。とはいえ、その中で指摘される日本語の面白さやアメリカ人だからこそ感じる文化ギャップの指摘は、やはりこの著者の持ち味というべきだろう。
たとえば「晴れ着の意味」というエッセイでは、晴れ着があるなら雨の日に着る「雨着」もあるはずだ、という勘違いから始まり、特別な時に着る服を自分の家族は飛行機に乗る時着ていたという意外な話に転換、さらに最近母から聞いたという飛行機搭乗口でのエピソードから「こんなに厳しいセキュリティチェックでは、birthday suitで通るしかない」となる(birthday suitは誕生日=生まれた日に着ていた服、つまり裸)。そして締めは「そこまで徹底するなら、せめて搭乗前に毛布を貸してもらいたい」
日本語に関する勘違いエピソードがあり、それにまつわる面白い余談があり、birthday suitが裸のことを意味するというウンチクがあり、この作品ではオチはあまり面白くないが、セキュリティ過剰な空港への皮肉も仕込んである。うまいエッセイというのは、こういうものを言うのだろう。
ちなみに著者は、日本語学校より「短歌と謡曲」で日本語を覚えたという。そのへんの日本人を圧倒するボキャブラリーと文章力、サービス精神に富んだ話芸の妙(これは落語の影響が大きそうだ)がミックスした、読んで納得のエッセイ集である。