【2341冊目】中島京子『長いお別れ』
「『長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから」
本書の最後の最後に、タイトルの意味が明かされる。「その病気」とは、認知症。本書はまさに、認知症になった昇平とその家族との「長いお別れ」の日々を綴った小説である。
認知症によってどんな変化がその人の上に起こるか、そのことで周囲がどれほど大変か、といったことも、もちろん本書にはがっつり書かれている。悲壮感がないといったら嘘になる。だが、本書が魅力的なのは、同時に認知症になった夫(あるいは父)をめぐるドタバタをユーモラスに、温かく描いているところ。特に印象的だったのは、東日本大震災の被害を心配し、外に出るなという娘に対して「雨が降ろうが槍が降ろうが放射能が降ろうが、わたしは行きますからね!」と叫ぶ母。アメリカで暮らす娘には放射能被害のほうが心配だが、認知症の夫を抱える妻にとっては、新しい薬が貰える通院の確保のほうがよっぽど大事なのである。
そして、本書はとびきりの「家族小説」である。家族の力というものは非常時にこそ試される。その中でも「認知症」こそ、家族の底力が試される機会はそうないかもしれない(なにしろ長丁場だし、家族の一員の変貌に他の家族が向き合わなければならないからだ)。本書は認知症の家族をもつことの大変さをあますところなく書いているが、それでもどこか風通しのよさを感じるのは、ゆるやかに結びつきながらも互いのことを気にかけあう「家族」が、そこに描かれているからではなかろうか。