自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2326冊目】松井孝典『文明は〈見えない世界〉がつくる』

 

 

見えている世界だけが世界ではない。むしろ大事なのは、その背後にあって見える世界をかたちづくっている「見えない世界」のほうである。科学とは、こうした「見えない世界」を解き明かし、それによって文明を作り上げていくものなのだ。

タイトルは一見意味不明だが、要するにこうしたコンセプトで書かれた一冊。もっとも、内容はほとんどが科学史の総ざらいである。古代メソポタミアの「暦」から現代のマルチバース(多宇宙)モデルまで、「見えない世界」を追い求めてきた科学の歴史を超高速で紹介する。

「見える世界」だけで世界が説明できないことを示す有効な手段は、パラドックスだ。たとえば紀元前5世紀のギリシアの哲学者であるエレアのゼノンは「ゼノンの4つのパラドックス」によってこのことを明示した。有名なのは「アキレスのパラドックス」だろうか。「どんなに速いランナーでも、相手が少しでも前方からスタートする場合、それがどんなに遅かろうと追いつくことはできない。なぜなら、速い方が相手の出発点に着いた時には、相手はわずかだがそこより前に進んでおり、その場所に追いついても、やはり相手はそこから少しだけ進んでいるから」というやつだ。

これでゼノンが言いたかったのは「運動とは見る者の錯覚にすぎない」ということであるという。「見かけ」にとらわれず、運動とは何か、時間や空間とは何かを本質的に捉えなければ、このパラドックスを解くことはできない。それは「見える世界」と「見えない世界」の矛盾を突くものなのだ。

「見えない世界」が、リアルな意味で「見える世界」を変えた代表例として挙げられるのは、磁石である。磁力という「目に見えないもの」を可視化した磁石の存在は、羅針盤の発明につながり、これが大航海時代を可能にした。ちなみに最近はスマホにも搭載されているGPSは、羅針盤ではなく一般相対性理論(これこそ究極の「見えない世界」の理論だろう)がなければ成り立たない。

そもそも私たち人間が「見えない世界」を研究し、その成果を「見える世界」にフィードバックできるのは、「外界を脳の中に投影して内部モデルを作るという能力」のおかげである(p.187)。しかし現代では、ここに大きな問題が生じている。「見えない世界」の拡張に「見える世界」が追いつかなくなっているというのである。

特にヤバいのは、われわれの文明を支えている地球というシステムの許容量を、「見えない世界」からもたらされるものが超えてしまっていることだろう。本書はバックミンスター・フラーの思想を取り上げつつ、もう一度「見えない世界」と「見える世界」のバランスを整理しなおすべきではないかと言う。それこそが、人類が「文明のパラドックス」を超克する唯一の方法なのである。