自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【2261冊目】ブレイディみかこ『子どもたちの階級闘争』

 

 

 

イギリスの託児所事情という、考えようによってはなんともマニアックなテーマの本なのだが、これがものすごく面白い。コミカルで、切実で、笑わせられ、考えさせられる。単に頭で考えたのではなく、実地の体験から、著者の言い方を借りるなら「地べた」から立ち上がった言葉で書かれているからだ。

労働党が政権党だった時代、貧困層、いわゆる「アンダークラス」が通っていた託児所は、「底辺託児所」としてまがりなりにも運営できていた。それが保守党政権に代わり、福祉支出がカットされると、必要なおもちゃや絵本も買えず、1ポンドで提供していたランチも週の半分しか出せなくなった。「底辺託児所」は「緊縮託児所」となったのである。

本書の中心をなす第一部は、この「緊縮託児所」に著者がカムバックしてから託児所そのものがなくなるまでの、身を削られるような日々の記録である。そもそも、以前通っていたアンダークラスの人々に代わって、外国人の子どもたちが託児所の中心になっていたという。以前通っていた人たちは生活保護をカットされ、否応なく「社会復帰」させられたのだ。

だが、それまで何年も生活保護で暮らしてきた人たちが、そんなに簡単に仕事を見つけられるものなのか。ある女性は、夜のシフトがあって子どもの預け先が見つからないとの理由で紹介された仕事を断ったら、いきなり4週間生活保護を止められたという。

「底辺に立つと、政治がどれだけ社会を変えるかということがよくわかる」(p.14)

貧困層だが勤勉な外国人の母親が、怠惰なアンダークラスの英国人をなじるシーンも忘れがたい。「怠け者の外国人が流入してきて生活保護を受けるから、国が困窮する」などというステレオタイプな物言いとは逆の現実がここにある。困窮した自国民が、勤勉な外国人に仕事を取られるのだ。そこでアンダークラスのイギリス人は、外国人排斥を叫びウヨク化する。どこぞの極東の島国でも見たような光景である。

それでも、そんな外国人もアンダークラスの英国人もごたまぜで育つ場が提供できることが、こうした託児所の魅力であり強味である。白人も黒人もアジア系もまぜこぜで、共に時間を過ごしていくうちに、身体に沁みついた草の根のダイバーシティ教育が実現する。

「社会が本当に変わるということは地べたが変わるということだ。地べたを生きるリアルな人々が日常の中で外国人と出会い、怖れ、触れ合い、衝突し、ハグし合って共生することに慣れていくという、その経験こそが社会を前進させる。それは最小の単位、取るに足らないコミュニティの一つから淡々と始める変革だ。この道に近道はない」(p.85-86)

 

分断と統合。本書の魅力は、「地べた」の託児所の経験を綴りながら、それがそのまま、ダイバーシティや政治のリアリズムや福祉と資本主義の本質にまで到達しているところにあるように思う。そんな離れ業が可能なのは、なんといっても著者の筆力によるところが大きい。スナップの利いたべらぼうな文章力で活き活きと描かれた子どもたちの姿は、チャーミングでありながら容赦がない。政治も人権も経済もヒューマニズムも、すべてはブリテンの一画の無料託児所に詰まっていたのだ。

あ、ちなみにこれを「日本の保育園に比べて英国の託児所はダメ」という文脈で読む人もいるかもしれないので、一言だけ。日本の保育園の職員配置基準は、イギリスの底辺無料託児所のそれよりはるかに劣悪なのだそうだ。それを良しとしている日本のポリティクスもまた、保育園の地べたに転がっているのである。