【2170冊目】伊藤比呂美『父の生きる』
自分が死ぬ前って、どんなふうなんだろう。「もう生きるのは十分」って思ってるのかな。それとも「まだまだ生き足りない」と思ってるんだろうか。
本書は、カリフォルニア在住の著者が、熊本に暮らす父の最後の日々を綴った一冊。常に一緒に暮らし、介護しているのとは違うが、その分、離れたところにいるがゆえの隔靴掻痒が伝わってくる。
なかなか死なない。死んでほしいと望んでいるわけでは、もちろんない。だがそれでも、人が死につつあり、それでも生きているのを見守るのは、実はけっこうしんどいことだ。
「人ひとり死ぬのを見守るには、生きている人ひとり分の力がいるようだ」
印象的だったのは、著者の「今日仕事終わったからほっとしてるの」という言葉に対する、父の「おれは終わんないんだ」という答えだった。
「仕事ないから終わんないんだ。つまんないよ、ほんとに」
そういうものなのか。仕事も勉強も、考えてみれば区切りがある。どこかで「終わる」瞬間がある。物心ついてから、ずっとそういう生活をしてきた。それが当たり前だと思っていた。だが、リタイアした後の生活って、そういう「終わり」「区切り」がない生活なんだ。
介護している人の立場で読むか。死にゆく人の立場で読むか。どんな読み方でも、そこから何かが見えてくるのではないか。そんなふうに思えた一冊だった。