自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2130冊目】本田靖春『誘拐』

 

誘拐 (ちくま文庫)

誘拐 (ちくま文庫)

 

 
ノンフィクションが小説に勝る点があるとすれば、それは「事実」の強さ、重さをそのままに使えるというところだろう。本書が超一級のノンフィクションであるゆえんもまた、そこにある。

ここでいう「事実」とは、東京オリンピックの前年に起きた幼児誘拐事件。本書はその真相に迫る捜査のプロセスを軸に、犯人側の人間関係や個人史にも迫り、その奥底にある高度成長時代の影をも見事に切り取っている。

事件を正当化する本ではない。だが、犯人をただ非難するだけの本でもない。事件そのものの救いようのなさに向き合い、そこに加害者側の「事情」を重ね、一つの事件をめぐる人間ドラマの光と影を余すところなく描きつくす。そのことによって、本書は善悪の向こう側にまで到達してしまっている。昭和52年に発表され、書籍化ののちは版を重ね、文庫化されて、平成28年の今もなお書店で平積みされている。それだけの力をもった作品である。

因縁を感じたのは、犯人の出身が福島県であることだ。そこでの貧しい暮らしが犯人をかたちづくった一因であることと、その福島が今「フクシマ」と呼ばれ、原発事故のスティグマを負わされていることは、どこかつながっているような気がする。おそらくそれは、戦後日本の抱えてきた「負」のひとつなのだろう。