【1982冊目】アントニオ・タブッキ『イザベルに ある曼荼羅』
2012年に亡くなった作家、タブッキの遺作であって、生と死のあわいを描いた一篇。刊行を待たずして、タブッキ自身が境界線を越えて「向こう側」に行ってしまったことを思うと、なんとも感慨深い。
死んだという噂のイザベルを探し、真相を求める「私」は、語り手であり、同時に騙り手である。後から読めばヒントはそこらじゅうにちりばめられているのだが、恥ずかしながら私は最後まで気づかなかった。なるほど、これは「そういう小説」だったのだ。
イザベルを知る人を芋づる式にたずね歩く「私」は、リスボン、マカオ、スイスアルプス、リヴィエラと移動を繰り返し、それぞれの場所でいろいろな人と出会う中で、徐々にイザベラへと近づいていく。本書はその全体構造そのものを「曼荼羅」にたとえている。それも砂で描かれていて、もし風が吹けば、そのまま消え去ってしまうような。
旅を続けるうちに、見えている世界の裏側に広がる、もうひとつの「見えざる世界」の気配を感じる。それは死なのか、神秘なのか、はたまた幻想なのか。そもそも、そんな世界を自在に越境しているようにみえる「私」は何者なのか。
本書には、タブッキがかつて書いた『レクイエム』の登場人物が出てくるらしい。『レクイエム』は未読だが、読んだらまた違った小説世界が見えてくるのだろうか。もうひとつ。本書に仕組まれた「たくらみ」を、本書の訳者解説はあっさりとばらしてしまっている。まあ、『レクイエム』を読めば気づくことなのかもしれないし、注意深く読めば誰もが分かることなのかもしれないが、いずれにせよこの本に関しては、あとがきや解説を先に読まない事をオススメする。
- 作者: アントニオタブッキ,Antonio Tabucchi,鈴木昭裕
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1999/07
- メディア: 新書
- 購入: 2人 クリック: 73回
- この商品を含むブログ (23件) を見る